南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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南三陸町は旧志津川町と歌津町が合併してできた町です。

旧歌津町のホームページが残っていました。

「国立国会図書館が収集し、提供しているものです。」とあるので、南三陸町で管理しているサーバーにあるものではないようです。

歌津町ホームページ

このページに津波から身を守るために(津波ハザードマップ)というのがあり、

「宮城県沖地震歌津町津波予測結果」が最高水位6.9m とあります。

今回の津波の、南三陸町の波の高さ最高値は、以前にも書きましたが測定不能です。
測量器がやられてしまって、推定値さえ気象庁のページに載っていません。

気仙沼市などは計測器がふんばっていた時までの最大が6メートル台で、最高は推定で6~10mだそうです。

そして防災情報のページには、「宮城県沖地震の発生する可能性と、その規模(地震調査委員会による)
」などがあります。

「広報うたつ」も見ることができるのですが、いちばん上の左側、2005年4月分を何気に見たら、防災講演会の報告が載っていました。
(PDFファイルなのでケータイの方は見られないと思います。)

講師は東北大学・今村文彦教授。
「タイプの違う津波があることを頭に入れておき臨機応変に対応できるよう知識を備えておく事や、集落ごとのハザードマップの大切さを呼びかけました」とあります。

私も津波はタイプの違うものがあり、地震の揺れの大きさに関わらず津波が来る可能性があること、何度も押し寄せることなどは知っていましたが、今回のことですっかり津波=事前に引き潮と刷り込まれてしまっていました。

上記津波から身を守るために(津波ハザードマップ)に「引き潮がなくても津波を警戒」とあったのはお勉強になりました。

そして今回、なぜ鉄筋の建物も骨組みだけにしてしまう津波に飲まれても、山(木々)が残っているのか不思議だったのですが、歌津町概要の「歴史」のところに


伊達藩政以前は、三陸一体の海岸には、一本の黒松もなく、見渡す限り荒涼たる浜で怒涛岩をかみ、飛沫は遠く飛散して内陸に及び作物は塩害にさらされた。
 この状態を見て政宗公が殖産のため防潮林の育成策を打ち出し、それから三百余年の間に種子が次々と飛散して三陸沿岸一体が黒松林でおおわれるようになったと伝えられている。



とあります。

こういう施策と関係があるのでしょうか?

他の町で浜辺の松がほとんど残っていないというニュースもありましたが。


小さな町のホームページで、ちょっと見ただけでもこれだけ防災関連の情報が見つかるって、やっぱりすごいと思います。

写真館のページにはつつじやウタちゃんなどの懐かしい写真があります。

ちなみにこのあたりは化石の宝庫で、海外からの研究者が来ていたところなんです。
(ウタツギョリュウという魚竜の化石も発見されています。)

地層や化石を調査する上で貴重だったはずのものも、だいぶ失われてしまったはずです。

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