南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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当初南三陸町では人口の約半分にあたる1万人の行方が分からないと大々的に報道されたので、今でも半数の方が犠牲になったと思われていることが多いみたいです。

また「安否が分からない」「連絡がつかない」「確認ができていない」ではなく死亡者数だと勘違いしてそのままの方もいるようです。

でもこれ、違うと思うので調べ続けていました。

4/11付けの読売新聞で違うというのがはっきりしたので、アップしちゃいます。



南三陸町の不明者数、当初見通し大きく下回る(2011年4月11日22時51分 読売新聞)

この数字は「町が行政区長や町内会長に調査票を渡して町民の安否確認を進めた結果」だそうです。

・すばらしい歌津をつくる協議会発行の会報「一燈」には歌津地区死者47名・行方不明者66名とありました。
ビジョンネットさんのところでPDFファイルが公開されています。
→ こちら


◆ 推移

当初「人口の半数が行方不明」とのニュースが出た時点で、地元の人間なら

・まだ旧歌津町に報道が入っていない(⇒ おそらくそちらへの移動が困難)
・通信が遮断されている( ⇒ 対策本部が把握できない)
・避難所となる中学校等の施設以外に、高台にある親戚の家や他の市町村に避難する人も多い

という点から、1万人の安否が確認できていないと言っても=行方不明・犠牲になった可能性が高い、ということではない、この1万人という数字はアテにならないと分かっていたのではないでしょうか。

(混乱していてそのことに気づかなかったり、志津川の津波の映像を見てそのぐらいの犠牲者が出てもおかしくないと震えた方もいたかもしれません。)


(1)ニュースの推移 ※本文は「続き」に保存してあります。

東日本大震災:南三陸町1万人連絡つかず 人口の半分以上
(毎日新聞 2011年3月12日)


宮城・南三陸町「1千人ぐらいの遺体」 県に報告(asahi.com 2011年3月14日)

・宮城県/南三陸町の安否不明者9700人の生存・避難を確認  (日本経済新聞 たぶん3/15)


※この報道が日経新聞以外にあまりなくて、日経新聞の記事がWEBから消えるのが早いのでちょっとややこしい。
私もガセだったかと不安になりました;


・南三陸町ではこれまでに375人の遺体が見つかり、うち288人の身元が確認された
身元不明の遺体、埋葬へ 宮城・南三陸町(共同通信 2011/04/03)


(2)南三陸町からの発表 ※ケータイでは見られない場合が多いと思います

・3/22 「9700人が避難生活を余儀なくされています」
被災された市町村の臨時掲示板 3/22の状況

↑これが南三陸町からの最初の公式な避難者数の発表。

・3/23 「現在も、千人を超える町民の方々の安否がわからず、1万人の町民が避難生活を送っています。」
町からの重要なお知らせ(南三陸町ホームページ)


・3/31 「9500人」
200人は他の市町村へ移動した方と、その後亡くなられた方?
3/22の訂正?

被災された市町村の臨時掲示板 3/31の状況

・4/4 プレス発表

避難人員 8,554人
※前日より165人減(集団移動159人、個人移動、6人)
※避難所:45箇所

今日(4/4)の13時現在で
・搬入遺体数(3会場) 379体(昨日より 4体増)
 うち身元確認済み 290体(昨日より 2体増)

東北地方太平洋沖地震に係るプレス発表資料 4月4日(月)午後3時(南三陸町ホームページ)

・4/20 プレス発表

避難人員 7,020人
町内避難所:41箇所、6,405人
町外避難所:5箇所、615人

集団避難人員:911人

昨日(4/19)現在で
搬入遺体数(2会場) 474体
うち身元確認済み  370体

東北地方太平洋沖地震に係るプレス発表資料 4月20日(水)午後3時 (南三陸町ホームページ)


(3)集団避難

・4/3より開始

(河北新報社 2011年04月04日)


(4)町職員の方の安否

・発生当時約40人が庁舎内におり、このうち約30人が屋上に避難

→屋上に避難した約30人のうち、生存が確認できたのは10人だけ

「13メートル」津波、南三陸町庁舎のみ込む(2011年3月14日03時02分 読売新聞)


・238名のうち36人が行方不明
(202名のうちに生存者と犠牲者がいて、行方が分からないのが36名)

被災された市町村の臨時掲示板 3/31の状況


・職員10人が死亡、行方不明も28人に及ぶ
「仮庁舎で復興の誓い 南三陸町入庁式」( asahi.com 2011年4月1日)


(5)東日本大震災の被害者数

死者 宮城8505人・岩手4033人・福島1412人
不明者 宮城7934人・岩手3822人・福島2044人。

死亡・不明2万7817人 20日午前10時現在 警察庁(産経新聞 4/20)

⇒宮城県だけで死者8505人なので、南三陸町だけで1万人はない。
宮城県の死者・行方不明者数の合計が約16000人。
南三陸町だけで1万人は考えにくい。

⇒石巻市 死者 2,813人 行方不明 2,770人((石巻市ホームページ 被災状況 4/20)

気仙沼市 死者数 815人 行方不明 1,216人(市内 828人・市外 388人)
行方不明者数は気仙沼市に届出のあった人数で、気仙沼市居住者以外も含まれているとのこと。

気仙沼市ホームページ



■4月初めに対策本部と話ができた時の回答

・公式発表されている避難者数は、南三陸町にいる人だけなのか?

・他の市町村に避難している人の数の把握はできているのか?
どちらの市町村に届け出たら良いのか(もしくは両方に届け出るべきか)?

⇒ 他の市町村にいる人の把握はまだできていない(たぶん南三陸町以外の市町村も同様らしい)。
届出先も決定していない。
避難者数は職員が避難所を回って確認したもの。


「続き」以下にはニュース記事の文章を保存しています(保管期間は未定です)。


■三陸町の不明者数、当初見通し大きく下回る(2011年4月11日22時51分 読売新聞)

宮城県は11日、津波で壊滅的被害を受けた南三陸町の行方不明者数について、同日現在で632人と発表した。


 県も町もこれまで同町の行方不明者数を「不明」としていたが、町が行政区長や町内会長に調査票を渡して町民の安否確認を進めた結果、数字がまとまった。

 同町は大震災発生当初、人口約1万7300人のうち、避難所に避難した人を除いた約1万人を「安否が分からない」としていた。


■東日本大震災:南三陸町1万人連絡つかず 人口の半分以上(毎日新聞 2011年3月12日)

三陸の沿岸部は壊滅的な被害が相次いだ。宮城県南三陸町(人口約1万7000人)は町役場が冠水して機能を失った。約1万人と連絡が取れず、県で確認を急いでいる。町内の主だった建物は崩壊しており、救助を待つ人は崩壊を免れた志津川中学校に集まった。校庭に白字でSOSの文字を描いて助けを待った。


■宮城県/南三陸町の安否不明者9700人の生存・避難を確認  (日本経済新聞 たぶん3/15)

宮城県によると、人口約1万7000人のうち約1万人と連絡が取れなくなっていた同県南三陸町で、15日午前までに9700人が避難していることを確認した。なお約7000人と連絡が取れていないという。同町ではこれまでに約1000人の遺体が見つかっている。


■宮城・南三陸町「1千人ぐらいの遺体」 県に報告(asahi.com 2011年3月14日)

宮城県は14日午前の災害対策本部会議で、同県南三陸町から「遺体が1千体ぐらいある」として、土葬にしたいとの要望があったと報告した。多数の遺体が見つかった山元町からも、同じ要請があったという。

 南三陸町の佐藤仁町長に13日午後に聞き取ったところ、避難所の食料や毛布、暖房器具などが不足しているという。県と同町の連絡手段がないため、職員が定期的に往復して情報収集している。


■南三陸、集団2次避難開始 1000人が宮城3市1町へ(河北新報社 2011年04月04日)

東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県南三陸町で3日、町外への集団2次避難が始まった。501人が住み慣れたふるさとを離れ、大崎、栗原、登米3市と同県加美町の福祉センターや旧小学校、温泉旅館などに向かった。この日移動した住民を含めて計1058人が町の1回目の募集に応じて集団避難することになっており、6日までに順次町外に移る。
 住民は、南三陸町総合体育館に集まった送迎バス22台やマイカーに乗り込んだ。佐藤仁町長はバス一台一台をあいさつして回り「集団避難の決断まで、いろいろな葛藤があったと思う。一日も早く仮設住宅を造り、皆さんをお迎えできるよう頑張りたい」と述べた。
 娘と孫の3人で栗原市に避難する同町志津川の猪又康枝さん(50)は「避難所は1人1畳分しかなかった。足を伸ばしてゆっくり眠りたい」と話した。
 バスの車内では涙ぐむ人も。沿道で多くの町民が手を振って見送った。
 集団2次避難先は3市1町の10カ所。期間は仮設住宅が完成するまでの約半年を予定する。
 南三陸町の避難所で暮らす人は2日現在で約9400人。集団避難の意向調査は3月下旬に行われ、1448人が集団避難を希望した。希望者の約8割の1120人の避難先が決まったが、62人は移動先が希望と違うことなどで辞退した。今回の対象から外れた人らに対し近く、2回目の募集が行われる。
 一方、自衛隊や米軍などが岩手、宮城、福島の各県沿岸部を中心に1日から実施した行方不明者の集中捜索は、3日で終了した。防衛省や海上保安庁によると、同日午後9時までに12人の遺体を発見、3日間で計78遺体を収容した。
 陸海空3自衛隊は今後、物資輸送や生活支援をしながら、規模を縮小して捜索も続ける。米軍は震災から1カ月となる4月中旬までに主要部隊を撤収させる方針。
 警察庁の3日午後8時現在のまとめで、震災の死者は宮城、岩手など12都道県で1万2087人と、1万2000人を超えた。家族が警察に届けた行方不明者は宮城、岩手、福島など6県で1万5552人。死者・行方不明者は計2万7639人となっている。
 避難所に身を寄せている人は1都16県の約16万人。宮城県災害対策本部によると、県内の避難者は約6万6900人。


■仮庁舎で復興の誓い 南三陸町入庁式( asahi.com 2011年4月1日)


新年度がスタートした1日、東日本大震災で被災した各地でも入社式や役所の入庁式が開かれた。

 役場が津波で流され、職員10人が死亡、行方不明も28人に及ぶ宮城県南三陸町では、新規採用職員4人が辞令交付を受けた。式が開かれたのは、約1500人が身を寄せる避難所の隣にある仮庁舎。式典で山内直人さん(21)は「一日も早く町民の不安や悩みを解消できる職員になりたい」。佐藤仁町長は「前を向き、町民のために即戦力として活躍してほしい」と呼びかけた。

 この日は、今春退職予定だったベテラン2人も復興対策のために再任用された。(伊藤宏樹)


■「13メートル」津波、南三陸町庁舎のみ込む(2011年3月14日03時02分 読売新聞)


 「若い職員が次々と津波にのまれて行った。まさに地獄絵図だった」


 宮城県南三陸町の佐藤仁町長(59)は、町庁舎に隣接する防災対策庁舎の屋上に避難し、その庁舎が濁流にのみ込まれた時の様子を振り返った。

 防災対策庁舎は、1960年のチリ地震津波の被害を教訓にした鉄筋コンクリート3階建て。災害時には、救助や被災者支援、復興計画の拠点となる施設で、町職員たちも「堅固な防災対策をとった庁舎なら大丈夫」と思っていた。

 発生当時約40人が庁舎内におり、このうち約30人が屋上に避難した。ところが、津波は3階屋上をも包み込んだ。町長によると津波の高さは約13メートル。屋上の金網に必死ですがりついた町職員も、金網と一緒に次々とのみこまれた。

 津波は何度も何度も、執拗(しつよう)に襲ってきた。第一波ではじき飛ばされて偶然、屋上に出る階段の鉄製手すりにつかまることができた佐藤町長らは、近くに設置されていたアンテナによじ登り、身を守った。

 妻を残した家が押しつぶされるのを目の当たりにした町幹部が屋上で男泣きに泣く姿を見て、誰もが胸を締め付けられた。屋上に避難した約30人のうち、生存が確認できたのは10人だけ。町内には「壊滅」した集落も複数あり、町職員のほか、町議にも生存が確認できない人もいる。

 13日朝には、がれきと化した街並みから水が引いた。船や家屋が線路に乗り上げていたり、所々で黒い煙が立ち上っていたりと生々しい痕跡があらわになった。今はもう散乱した、笑顔で映っている家族写真を拾い集める人の姿もあった。

 町は災害対策本部を体育館に設置したが、機能はまひしたままだ。陣頭指揮を執る佐藤町長は「壊滅した地区も複数あり、米や毛布、水など支援物資の不足が著しい」と緊急支援の必要性を訴え、「生死は紙一重。生き残った私たちは、つらくてもしっかり生きなければならない」と声を震わせた。(北浦義弘)

(2011年3月14日03時02分 読売新聞)


■死亡・不明2万7817人 20日午前10時現在 警察庁

産経新聞 4月20日(水)12時9分配信

 東日本大震災の死者は20日午前10時の警察庁のまとめによると、12都道県で1万4013人となった。行方不明者は、これまで計上していなかった仙台市の210人を含め、6県で1万3804人。これにより、すべての自治体の不明者数が計上された。死者・不明者は計2万7817人。

 警察庁によると、被害が大きかった3県の死者は、宮城8505人、岩手4033人、福島1412人。不明者は宮城7934人、岩手3822人、福島2044人。

 また、警察庁は19日に1418人としていた福島県の死者について、20日、1412人だったと訂正した。県警からの報告に誤りがあったためという。


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