南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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一昨日ぐらいからの私は、イライラがMAX。

何に対しても文句を言う気になれず、その間に建設的なことをしようと思ってきましたが、限界が来ました。


震災からもうすぐ一ヶ月。

イコール、連絡がつくようになった人に「ガソリンがないんだから、声掛け合って一緒に行動するようにして」と言い続けて一ヶ月弱。

内陸部のほうから通信が復旧した頃、みんながあちこち移動していたことが分かってビックリしました。

3/11当日か翌日には、仙台から南三陸町に家族を迎えに行って連れ帰った、南三陸町から本吉町へ野菜を運んでくれた人がいて、「そっちもたいへんなのに」と涙した。
2.3日のうちには、気仙沼から田束山を通って南三陸町へ行った。
途中からは歩きだった。

みんな5時間待ちでガソリンを手に入れて、○○から○○まで通れるようになった○○のあたりは、車がいっぱい通っているからどこを通ればいいかすぐ分かる。


空撮でしか報道されない南三陸町の旧・歌津町のほう、小泉・本吉町は人の移動もできない陸の孤島と化しているかと思っていましたが、道路にもガレキがあったはずの頃に、みんな驚くほどの移動をしていたのです。

自衛隊が道路の上に流されたものをだいぶ撤去してくれた今でさえ、尖ったものがタイヤに当たってパンクした、くぼみにはまって動けなくなったとよく聞くのに。
見慣れたはずの自分の実家周辺のごく最近の映像でさえ、伊里前小学校の登校坂の植え込みが見えて初めて気がつくような状態。

当初はどうやって移動していたものか、想像もつきません。

すぐにそうして移動してくれた人たちのパワーはすごいと思い、ありがたいと思いましたが、こりゃあすぐにガソリンが無くなりそうだと心配しました。

案の定、津波から逃れた自宅にいる人たちが避難所に物資を取りに行くのに、ガソリンがない。

内陸部にいる叔父が南三陸町の祖父のもとへ行きたくてもガソリンがない。
(食料も持って行ってあげたいのにあまり売っていない。)

仙台へ出張していた町職員の兄は足止めを食って、徳川家康の伊賀越えよろしく、2日間歩き続けて南三陸町へ行ったそうです(たぶん仙台 -小牛田 - 南三陸町)。

同じく町職員のいとこもたまたま休暇で仙台に行っていて、南三陸町へ戻ることはできたものの、数日後に本吉町の家に戻ったところ、ガソリンが手に入らず足止め。

私が知っているだけでも多くの職員・公務員がこうして足止め状態になり、緊急車両として人手の足りない避難所へ行くことできるようになるまで、何日かのロスがあったようです。

なかなか家に帰ることができないというのも、忙しすぎて帰れないからだけではなく、ガソリンがなくなってしまうから・また移動できなくなったら人手が余計に足りなくなるからという配慮からなのかもしれません。



連絡がつくようになった人に「塩釜港にガソリンを積んだ大きな船が着けるように整備されたそうだから、これからはきっと状況が良くなるよ」と励まし続け、「電話がつながるようになったんだから、途中の道が通れるのであれば連絡を取り合って一緒に行くようにして」「○○さんも行きたいって行ってたから」とお願いしてきました。

都内にいる親類が「いずれ行く」と言うので、「避難所からどこかへ移動している可能性もあるので、行く前に必ず連絡がほしい、同級生を一人乗せて行ってほしい」と頼んでおきました。

それでもいつの間にか行ってしまうのがあの地域の人なので、どこへ移ったと聞くたびに電話を入れました。

これ、数件にかけるとけっこうな手間と通信費になります。

その間にも宮城県内にいる親類達がそれぞれ別働隊として、南三陸町や気仙沼市へ「行ってきたよ」と。
叔父(父の弟・3男)が「行きたい」と気をもんでいる間に、叔父(父の弟・2男)は2度も行っていたそうです。


そうして行ってくれるのも様子を聞かせてくれるのもありがたいのですし、すぐにでも駆けつけたいという気持ちは分かるのですが。
みんな定年を過ぎたり自営だったりしてもその調子なので、非常時だからどうにかとお願いしても無理なのはもっともっとよく分かってるんですけどね。

私は超リアリストでそういうところを合理的に考えるので、いつも誰かが手術をした時に10人ぐらいで押しかけた上に手術後も当日~翌日から何人も駆けつけ、退院後も連日見舞い客が詰め掛けてぐったりしていると聞くたび、「本人にも周りの患者さんにも迷惑で本末転倒」「病院にはプロがいるのに、身内が何人も必要?」「落ち着いた頃に行くようにできないの?」と言っていました。

もちろんそう言っても永久に誰も・何も変わらないですし、そう考える人は田舎に戻って暮らすのには100%向きません。

私が行くよりは今は物やお金を送ったほうがいいと思い、歌津に行く人2組に荷物をお願いしました。

こちらにいる同級生も土曜日の夜行って月曜までに戻るという強行軍なのに荷物を引き受けてくれたり、自分が行
く時に乗っていかないかと、大人数で行くにもかかわらず声をかけてくれたりしました。

このブログで呼びかけたところ、志津川に行くから少しなら荷物が乗るよと書き込んでくれた人もいました。

ありがたいと思っていた矢先、残念ながら南三陸町へ行ったとの事後報告が1件ありました。
乗せて行って欲しかったというのは別として、やはり両親は避難所にいなくて、吉野沢の親類の家の掃除に行っていたそうです。
避難所にいた人が車で先導して、そこまで連れて行ってくれたと。

たくさん物資を持って行ってくれて車に同乗できなかったのかもしれないですし、その方もちょうど用事があったのかもしれません。
何より親切で案内してくれたということも分かります。

このところ、みんな「ガソリンは手に入りやすくなったから大丈夫」と言います。

来たらどこでも連れて行ってあげられると言ってくれます。

佐沼や登米に行くのは必要なものを買うためにも、気分転換をするのにもいい機会だと思います。

車で充電して通話や娯楽のゆとりが生まれるのは良いことだと思います。

確かに南三陸町の旧歌津町エリアのガソリンスタンドは町民限定でガソリンを販売してます。

でも、せっかく手に入るようになったガソリンがこのまま安定供給できるんでしょうか。


このブログにはネガティブなことは書かないできましたが、このまま行ったらGW明けにガソリンが無くなってしまうんじゃないかと心配です。

もちろんガソリンの供給がこのまま良くなっていくと思えるのは、他にも少しずつ状況が良くなっているということで、明るい材料でもあります。

今頃になって気がついたのですが、ガソリンを運ぶ人だって命がけですよね。
通常とは違って震災後の道の悪いところを何かあったら確実に自分は助からない状況で走るって、そうとう怖いんじゃないかと思います。

だから私は向こうに行ったとしても家の残った友達の家や本吉町の親戚のところに泊めてもらおうとは考えず、避難所で寝たら邪魔だろう、避難所の前にテントを張るのは治安の問題で止めてくれと言われるだろうと、アレコレ悩んでいたんですが。

もちろん私の苛立ちの原因はガソリンのことだけではありません。

ガソリンを入れるタンクがないとみんな困っているのに、先に言った人はみんなガソリン入れて向こうに置いてきたの?
人に貸す発想も時間もないの?
何のためにツイッターをやってるの?

簡易トイレを車に積んで行くから人を誘いにくいとか、そこまで向こうに気を遣って行った人って、どのぐらいいるの?

連絡がつくようになったのに、何がたりないか置くスペースがあるか聞いてから行った?

私が自分の仕事を優先させて行く気がないとでも思った?



このブログだって、見ている人にとっては家族や知人の安否、歌津の様子がいちばん知りたいことであるのは重々承知しています。

それだけだったらmixiやtwitter をやるだけでいいし、伝言版だけ提供して終わりで良かった。

安否や避難所の様子を伝えて安心してもらうのももちろん大事ですが、安否や様子を知りたくていろんなところに突っ込んでしまう人をセーブすることはたぶん今それ以上に大事だと思っています。

都内のアンテナショップに安否を尋ねに行く人がいるとか、庄内町に自分の家族宛の荷物を届けてほしいと連絡する人がいると聞いて、やっぱりなと思うと同時に、唖然・呆然としました。

せっかく多大な支援をしてくださっている庄内町の方の手を煩わせれば、自分の家族や親類、友人の置かれている状況はますます厳しいものになります。

私も支援の依頼などに動きたいのに、ブログで「くれぐれもご支援いただいている機関に負担のないようにご配慮を」と呼びかけることに時間を割かれている始末。

震災後気仙沼市にいち早くauの臨時電波塔が建ったことも、騒ぎになると思い書きませんでした。
その代わり、私も au ケータイへメールや電話をしまくることもしませんでした。

都内のアンテナショップに行けば、物流の関係でどこのあたりがどの程度の被害か通信が復旧しているかある程度分かるだろうとは思いましたが、絶対に自分の知り合いの安否を問い合わせに行く人がいると思ったので、書きませんでした。

その他いろいろ、ブログには書いていない・書くつもりのない情報はいろいろあります。

庄内町のことも書くべきではなかったかもしれません。
安心してくださる方も多いでしょうし、庄内町周辺に知り合いがいる方なら物資の持ち込み提供をお願いできるかもしれないと思って、書いたのですが。

これも何度か書いていますが、私よりみなさんのほうがご家族とマメに連絡を取られたり行ってきたりで、南三陸町の様子はお詳しいのではないでしょうか?

私は宮城県内のいろんな地域、南三陸町のいろんな場所にいる方・行った方に話を聞いているだけですから、どこか一つの避難所の様子を詳しく、ということなら、みなさんのほうが頼りになると思います。

だから「良かったら向こうの様子で分かったことなど書いてください」と呼びかけたり、他の方が「歌津に親類がいるので、様子が少し分かって安心しました」とコメントを入れてくださっているのに、様子を書き込んでくださった方が何人いるでしょうか。

このブログは情報量が多いので、そうした文章を見落とされるのも仕方がないと思います。

それは私が悪いということでいいですけど、ちょっと考えていただきたい。

このブログ内検索も日別の更新記事も探せないのに(方法が書いてあるのに)、WEB検索で知りたい情報を探せるんでしょうか?
ニュース記事のコピペだけのブログの海をさまようほうが、手間ではないですか?

一度非公開コメントで南三陸町出身だという方から「仕事をしている人間には情報量が多くて追いきれない。重要な情報が隠れてしまう」という声をいただきました。

その方にとって「重要な情報」とは何なのか、書かれていなかったので私には分かりません。

人それぞれ「重要な情報」も「必要な情報」も違うはずです。

本吉町にいる私の親類の様子を心配してこのブログを見てくださっていた人たちも、私の親類の様子や本吉町の様子だけ書いてくれと言ってきたことはありません。
考えたことすらきっとないと思います。

私だってずっと仕事をセーブしている上にまともな睡眠や食事を取らない日が多かったですし、子供がいて仕事もしている同級生たちもいろいろなところへ電話をしてくれたり、調べ物をしてくれたりとものすごく頑張ってくれました。

カメラマンの武藤さんや武藤さんのお友達も、宮城に友達や親戚がいるわけではないのに、「むしろそうだから元気に頑張れるんですよ。私達に任せて!」と言って本当にいろいろなお力添えをいただいています。

日帰り出張の後や休日、平日も遅くまで梱包作業をしてくださったり、その仕分け作業も本当に本当に細やかで、頭が下がります。

庄内町などからご支援してくださっている方々も年度末でお忙しい中、「そんなことは言っていられない」と奮起して、一度行く度にショックや悩みを抱えながらも頑張ってくださっています。
仕事も家庭も抱えている女性の方も多いようです。

ご自身も被災された内陸部の方なども、自分の仕事の再開のメドが立っていない中ボランティアに行ってくださいました。

昨日ビジョン東日本サポートネットワークさんの活動報告会に行ってきましたが、みなさん「働かなくてもいい」人たちではなく、むしろ「自分が働かないといけない」自営業(経営者)の方が多いようでした。

震災は全国のビジネスに大きな打撃を与えたので、私もご支援いただいている皆さんも程度の差はあれ厳しい状況なはずです。

もちろん今は自営業は自営業、勤め人は勤め人のメリットを生かして行動するべき時で、きっちり仕事をして稼いでガッツリ義援金や物資を送ってくださる方も、平日の日中自由が利く人も、有給を取って動ける方もいないといけません。

でも南三陸町にゆかりのない方で、仕事をして家事をして子供の世話をしている女性でさえ頑張っている時に、どれだけ激務か分かりませんが、南三陸町出身の人間が休みの日にほんの少しだけできることって、何かないんでしょうか?
(私の勤め人時代は月の残業100時間越え。それ以下の方の文句は認めません。)

ショックやストレスに耐え切れない方は休んでいていただいていいですが、少なくともこのブログを見たりコメントを入れる元気があるなら、他にできることはいろいろあるはずなんです。

その方が本当はものすごくいろんなことを頑張ってくださっていることを祈ります。
そうでないと他の方に申し訳なさ過ぎて、私のストレスがたまります。

きっとこの文章もご覧になることはないと思いますが、せめてどういう情報やどういう部分がその方にとって必要ないものなのか、教えてほしかった。

ケータイでもパソコンでも見やすい妥協点のところで、見やすい工夫もしているつもり。
パソコンが不慣れな方にも分かりいいように、配慮しているつもり。

経験上、見やすいように分かりやすいように工夫したものが、100%の支持率になることはありません。
好みや癖の問題、機種やブラウザの特性などで「私はこのほうが見やすい」という人は必ずいるんです。

友達が調べてくれた原発関連の情報もご紹介したいのですが、補足説明など加えないとかえってパニックになりそうですし、補足説明が入っているのが「追いきれない」になるんだろうなと、控えています。

読み飛ばしてもらえればいいことだと思うんですけどね。

武藤さんから聞いたところによると、集まったものの中には「中には今はこれはちょっと」と思うものが入っていたことがあるそうですが、その方が行動を起こしてくれるだけとてもありがたいですし、その方がうっかりそれを入れて送ってしまうことも、今の状況からはよくよく理解できます。

私もボケッとして無意識のうちに反対側のホームに下りたり違う出口に出たりしてますし、他の人たちもみんなどこかアッペトッペになっているような気がします。
(だからメールを見落とされたりで仕事が進まない;)

身内の心配をして電話をしても、「いいから自分の仕事をしろ。物資はもうある。」と言われます。
両親に今私が何をやっているか伝えてくれた方がいるのですが、予想通り「そんなことするより自分の仕事をしろ」と怒っていたそうです。

仕事をしないとたいへんなことになると一番よく分かっているのは私です。

本当は仕事をしたくてしたくて仕方がない。


お客さんが待っていてくださっているのもひしひしと伝わってきます。

このお通夜みたいな世の中も元気にしたい。
CMもWEBデザインも地味で味気のないものばかりで、もういい加減きれいで明るいページを作りたい。

今撮影をしてもアングルも構図もイマイチだけど、デザインは手を動かせばリハビリのようにカンを取り戻していけるし、ルーティンはどんな状態だってできる。

でもその時間的なゆとりがまだない。
誰よりも私がいちばんもどかしい。

私の周りの人も被害者です。

「物資はある」?
それは私の両親がいる避難所に、食料が積み上げられているだけ。

その仕分けも進んでいないし、栄養バランスの取れた食事ができているわけじゃない。

他の避難所や自宅にいる人で、困っている人はたくさんいる。

食べるものに困らなくても、娯楽や嗜好品、情報に飢えている人はたくさんいる。


仕事もしたいし向こうにも行きたいけれど、まだこっちでやらないといけないことがあると思ってます。

そんなに私のやっていることが無駄なら、自分のことだけ考えて、自分の仕事だけします。

ご家族の安否が分かって連絡がついて、ヤマトさんのおかげで荷物を送ることができるようになったら、このブログに用はないという人も多いでしょう。

復興には時間がかかるし、今後の手続きや法整備に関する情報も、行政が提供するまでに至っていないのに。


行政に対してご不満をお持ちの方も多いと思いますが、みなさん行政の手助けを何かしていますか?
行政の邪魔をしていませんか?

避難者数や被害者数の把握を県や市町村がしれきていない?
当たり前です。


みんな他の市町村へ避難しても、避難所を出て親戚の家に身を寄せても、それを行政や避難所に届け出ない。
被災地以外の場所にいて通信環境が整っている家族や親類も届け出ない。

届け出る場所があるのか、どこへ(どちらの市町村に)届け出ればいいか問い合わせたことがありますか?

私は問い合わせました。
まだそうした件を統括する方法が決まっていないと。

ボランティアに行ってくださった方にも聞きました。
避難所では日々点呼を取っていないのか?避難所を出てどこかへ一時避難する時に、申し出る場所は避難所の中にないのか?
少なくともその方が行かれた避難所には見当たらないそうです。
見当たらないから、炊事をしても半分以上余ることがあると。

津波が来たら逃げることに関してはノウハウのある町の人たちも、避難生活を統制するためのノウハウがなかったことは、今責めても仕方がありません。
行政がその指導をしてこなかったのは事実だと思います(職員には有事の対応を徹底していたと思いますが、非難訓練に連動した避難生活のノウハウを町の人に浸透させてはいなかった、これはきっと他の多くの都道府県がそう)。
していたとしてもあの規模の被害ですからみんな呆然として、その通りにできなかった可能性が高いです。

政府、というより国が想定していなった規模で対応しきれていないのに、被害のあった地域の行政を攻めるのは酷です。

避難所や各家庭に物資を回しきれない行政を、一度荷物を送ったり届けただけで責める権利があると思ったら、大間違い。

家族に物資だけでなく、携帯電話や公共料金、保険の手続きをどうしたらいいか、まとめて届けてあげましたか?


安否確認についてもこちらのページなどでお願いしているのに、そのページは見つけられないけど、私宛のメール送信フォームは見つけられるのはなぜなんでしょう?

今は個別の安否確認に対応できる状態にないこと、WEBなどで閲覧できる安否情報などをお知らせしても、「分かったら連絡ください」と書いただけの返信が来る。

被災地の方でも知り合いの安否を確認するのが怖いと新聞に載っているリストも見ることが出来ない方も本当にいるんです。

私もあの人は、あの子は・・と心配しながら、今は忙しかったり疲れている人に聞かないようにしています。

そんなに心配なら、南三陸町への応援メッセージを入れていただいて、ご親戚やお友達だけでなく、町の人みんなを励ますのを手伝ってもらえたら嬉しいです。

でも、応援メッセージをくださる方より、安否の問い合わせを私にしてくる人のほうが、圧倒的に多い。

震災後、親戚や両親の知り合いなどだけでも20人超。
頼もしい同級生たちとも連絡を取り合っています。

何度も何度も。

防衛省に日赤、宮城県警に宮城県庁、マスコミ、米国海兵隊、庄内町の方やボランティアの方などご支援をいただいるみなさん、ワケのわからないいい加減なことを言っている学者さん、その他書けないところにも何度も電話やメールで連絡を取りました。

企業さんに食料以外の支援物資をお願いしたい。
報道関係の方にももっといろいろお願いしないと、世間に間違ったイメージが植えつけられてしまう。

仕事で取引のある方にご支援をお願いしてもいいものだろうか?と悩む必要もないんです。
なぜなら連絡する時間がないから。

議員さんとお会いした時にずうずうしくも名刺をいただいて「南三陸町をお願いします」と言ったまま、その後のお願いができていません。

他にもまだやりたいこと、やらなければいけないことがいっぱいあって、そのほうがみなさんが心配されている方のためになるんです。

できたらそれも手伝ってほしいですし、少しでいいから理解していただきたい。
誰かが代わってくれるならお願いします。

体力はあります。
でも気持ちの面では、私も私の周りも限界です。

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コメント


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ご無沙汰しております。
スゴく共感してます。自分が情報収集しようと思ったのは安否不明の後輩のため、ご家族のためではありますが、負担をかけるわけにはいかないので、連絡もしておりません。
仙台の街中など、東部道路より内陸側では、ガソリンや食料が手に入るようになり、地震前の生活に戻りつつあります。しかし、東部道路より沿岸部ではまだまだ瓦礫があり、生活もままならない状態です。そのような時に、被災地に見物目的や、ゴミを捨てに行く奴がいるとのことです。(ヒビの入った建物を笑顔で撮影する輩を自分は見ました)そのせいで、救助や物資のための車が迷惑をしております。正直、大半の方は『何もしないこと』=『一番の支援』になると思います。同情で一度、何か支援したからってヒーローにでもなったつもりでいる人は迷惑でしかないです。

ロード | URL | 2011-04-08(Fri)21:11 [編集]


Re: タイトルなし

ロードさん、後輩の方の行方が分からないのですか。
私も大切な幼馴染の行方が分かりませんが、他にも聞いていない人がたくさんいますが、信じて待っています。

お花見も賑やかにして、その友達がもしどこかでこの世とあの世にいく道で迷っていたら、気づいてこっちに戻って来るのを期待します。

仙台市内や内陸部では沿岸部の家族や親類を引き取っても何の支援もなく、食料等の買い物も難しい状況だと聞いて胸を痛めていました。
中には自宅が倒壊して親類宅に10人近い人数が集まっていたり。

>ヒビの入った建物を笑顔で撮影する輩を自分は見ました

大きな余震が来るなら、そういう方々がいる時にしてほしいです。
もしくは私の腕力で「被災地は治安が悪い」というイメージを植え付け・・・・・・不謹慎だと言われるかもしれませんが、このぐらい書かないとやってられませんね。

n_c | URL | 2011-04-09(Sat)08:11 [編集]


管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

- | | 2011-04-09(Sat)22:10 [編集]


非公開コメントをいただいた方へ

私に気持ちをぶつけたいのは、理解できます。
私も誰かどこかへぶつけたいです。

非公開コメントでメールアドレスもお名前も分からないので、申し訳ないのですがこうしてお返事をするしかありません。

「自分は非公開コメントで書くように配慮したのに、それに対しての返事を書くな」ということは、私は一方的にご批判を受けなければいけないということになりますよね。

100人中100人の方が納得していただける文章は書けません。
文章が拙いとか好みに合わないなら仕方がないです。
「お好みに合うところを見てください」とは言わず、それなりに努力と工夫はしたつもりです。
(もちろんそれが好みに合わない、見づらいという人も出てしまうでしょうね。)

でも新聞記事のような書き方をしようが週刊誌風に書こうが講談風に書こうが4コマ漫画で表現しようが私の自由だと思っていたのですが、誰かが強制できるものなのでしょうか。

ご自身でも「自分の言いたいことが伝わっていない」と文章が長くなられましたよね。
私の仕事仲間もいつも短い文章を書きますが、今回の震災や原発のことでブログを更新したら、誤解のないようにと気を遣って、常にない長い文章になってしまうと言っていました。

私もこうしてお返事を書くよりも、身近な人の話を聞いてあげたり、世話をしてあげたいのが本音です。

再来週ぐらいには今のペースで情報収集や更新はできなくなると思いますので、ご安心ください。

その時点でこのブログも一区切りにするかもしれません。

以前から考えていたのですが、数人で更新できるブログ形式のシステムを提供して、たくさんの方が随時更新できるサイトをご用意することもできますが、いかがでしょうか?
ご希望される方がそれなりにいらっしゃるようでしたら、サーバー代などは私が持ちます。

このブログは何年かたった時に誰かが読んでも、当時こういう思いでいた人がいるのだと伝わるようにしたいと思っています。
もし別途サイトをご用意してそちらへ思いのたけを書いていただいたら、リアルな記録になると思うのですが。

mixiやteitter には情報があふれているからこちらをご覧いただいて、こちらにご不満をもらされたのでしたら、このブログも少しは存在意義があったのかなと思うのですが、それも傲慢に思われますか?

できればもっとお気持ちを聞いてさしあげたいですが(これもご不快なら申し訳ないです)、文章力が読解力がというのはキリがないですからこれで終わりにして、お互いにもっと他の方向に動きませんか。

n_c | URL | 2011-04-10(Sun)01:59 [編集]


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