南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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皆さんも阪神淡路大震災の経験が生きていないと思うことは多々あると思います。

今回の震災との違いについてもいろいろ論じられています。

私は1999年頃から2年半大阪で働いていましたが、神戸に行ってももう地元民ではない私が繁華街や観光スポットに行っても、どこに震災の爪跡があるか分かりませんでした。

有名なスポットも同じ建物のまま営業再開していましたし、明治以降に建てられた洋館もしっかり残っていましたから。

職場のベテランさんが神戸の顧客に出したお見舞いのハガキがたくさん戻ってきたという話は印象的でしたが、昨日もっと切ない話を聞きました。

物資を提供していただいた方のところへご挨拶に行ったところ、ちょうど大阪出身の方がいらしていたという偶然。

今の状況にもすごく心を痛めてくださっていて、神戸の震災の時のこともいろいろ話してくださったので、それも踏まえていろいろ挙げてみました。


( 阪神大震災との違い )

・神戸は早朝、今回は午後の発生
(寒いので早朝なら着替えてから逃げようとしたはず。また早朝から海で仕事をしている人の多い地域。)

・寒い地域なので、1月(神戸)と3月(東北)の違いはあっても寒さの問題が深刻だった

・津波がなかった
(家事にならない限り、家のあった場所に被害者がいて、家財もある。
そのため身元確認が困難。農地の塩害も。)

・原発の問題がなかった

・被害エリアの広さが段違い
(余震でパニックになった地域を含めると、日本の約半分)

・神戸の時は大阪から頑張って歩いて、日帰りでボランティアに行くことができた

・大阪など他府県からの(逆に他府県への)通勤・通学 可能なエリアなので、職場の人・友達を家に呼び寄せたり、大阪の銭湯が頑張ったりと、早い段階で支援できた

・神戸では役所機能の被害が少なかった

・神戸は都市型の震災だった
(今回は地方なのでご近所さんはみんな顔見知り。犯罪の抑止力にもなるが一時避難が進まない理由のひとつでもある。)

・携帯電話やインターネットが今ほど普及していなかった
(メリットも多いものの、通信規制によるパニック、ネットに広がる情報の精度などのデメリットもあり)

・今回は神戸や新潟、宮城県でも栗原市などの震災経験者のバックアップがある
報道の方にも取材経験者がいる。
世間的な反省もある。
日本が、被災地が支援してきた国や地域からの支援が続々。

・神戸では日本赤十字に集まった募金が2週間後には使われ始めた
(今回は被害エリアが広いのとたくさん集まったのとで、まだ配られていない。早くて9月との情報有り)


・神戸の時は「古着は誰も着ないからいらない」と言われたが、今回は衣類もたくさん必要だった

・政権政党が違う
(今起きている諸々の問題は、他政党時代の産物)

・海外からの注目・支援体制がケタ違い

・神戸の震災の時と違い、被災地のペットを引き取ったり一時避難させるボランティアがある

これは神戸の震災の時に、避難所ではペットは飼えないと、泣く泣く保健所にペットを引き渡した経験があるからのようです。
(東京から原発が恐いと関西に逃げる人もいるのに、関西からペットボランティアで被災地に駆けつける人もいます。)

・神戸の時は「復興のために観光に来てほしい」と訴えたので、関西の人は観光に行ってお金を使ってあげたいと思っている。
でも観光地のダメージが大きい
(内陸部の温泉などは現在も観光で行くことができます。もしくは被災地に多大な支援をしてくださっている山形県庄内町などにお金が入るようにしていただくとありがたいです。)

・経済的な影響の大きさ
自粛、節電、取引先・製造元が被災地。
海外からの観光客激減等、ダメージが大きい

・自衛隊の活躍、米軍の支援、アフガンへの支援のお返し、立派過ぎるハコモノが避難所として活用されたりと、賛否が議論されていたものが大きな恩恵をもたらしている


大正時代に起きた関東大震災ではお昼時で煮炊きをしていた人が多く、火事が多かったというのは有名な話です。
(でも1ヶ月後にはけっこう家が建ちはじめていたようです。)

誤解を恐れずにいえば、午後に起きたこと、これから春を迎えられること、無事だった農地で何か栽培できるシーズンに入ることも不幸中の幸い。

神戸などの震災経験者が一所懸命助けてくれたり、応援してくれたり、心を痛めてくださっていることも本当に本当にありがたいと思います。

特に今のペットケアが神戸での悲しすぎる経験からだとは知りませんでした。
(うちの実家で飼っていた2匹の猫も行方不明なので、せっかく助かったペットを引き渡した人の気持ちは想像を絶します。)

いつかもし、どこかの地域が震災に見舞われた時、宮城や岩手や福島の人がボランティアに行ったらものすごく心強いと思ってもらえるようになればと思ってます。

避難所で「たて直せるかな」と私にこぼした同級生のお母さんには、「10年後には他の地域を助けてあげられるようになりますよ」と言ってきました。

でも都内でしょげている人も多いので、実は被災地のたくましい人たちの頑張りが逆に日本を元気にしていくかも、と思い始めてます。



( みなさんはどうですか?)

自治体によっては有事の支援体制にしっかりとした仕組み作りができているようですが、何より避難訓練はどこも避難経路の確認までにとどまっています。

その後の避難所運営をどうしていくか、救助が来るまでをどう過ごすかというところまで確認し合っているところはほとんどないのではないでしょうか。

避難場所に指定されている場所に必ずしも食料等の備蓄があるとは言えなそう・・・・

恥ずかしながら私も自分の住んでいる地域の避難場所を、分かっているようでちゃんと把握していませんでした。

地震の時と台風で川の水が溢れた時の避難所は違うはずですし、最寄の指定避難場所がダメならその次は?近くの知り合いのところまで歩いて行ったとして、そこにもう誰もいなかったら?とか。
避難してここにはいないよという目印に何色の布とか、そういう目印が一般化しないかなと思うんですが、盗難などの被害につながるからダメか・・・・

今年も夏に(仕事で)イベントが開催できたら、子供さん向けにSOSの出し方のワークショップを開催したいと思っています。

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コメント


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観光は半年後くらいに…

GW前の平日に宮城の実家に帰省予定ですが、現在、仙台も県北地域もホテル、旅館、民宿すべて満室です。ネットに掲載されているような宿泊施設は全て復興支援工事関係の方々や報道関係者、支援活動している団体などに抑えられているようです。ホテルの支配人曰く、日々復興工事状況も変化し、予定が繰り上がって急に帰る会社の人たちもいるから、予約電話はなるべく朝入れた方がいいですよとのこと。
わたしはなんとか個別にホテルに当たって宿を確保しました。大渋滞が予想され、被災地に迷惑がかかるであろうGWを避けて行ってきます。
南三陸町内の宿泊施設も第3次集団避難先施設として利用されます。地域外の方に「観光でお金を使っていってください」という状況になるのは、仮設住宅が完成する秋以降の話になるでしょうね。

naomama | URL | 2011-04-25(Mon)10:28 [編集]


Re: 観光は半年後くらいに…

情報ありがとうございます。

GWの予約が激減で全国の観光地が困っているのに、被災地の混雑をこんなに心配しないといけないなんて、皮肉ですよね。
私も前回行ったのはGWを避けようと思ってのことです。

でも工事関係の方もたくさんいらっしゃるとのことで安心しました。
ボランティア用に近隣の施設を早くたくさん開放してほしいと思っていましたが、すでにいっぱいなのですね。

n_c | URL | 2011-04-26(Tue)11:41 [編集]


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