南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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4月はじめ頃に入っていた情報をお知らせできていませんでした。

南三陸町にいる同級生もたいへんだろうと連絡を控えていましたが、4月初めにこわごわ電話をしてみたのが通じたり、ガソリンが少し手に入りやすくなったことで他の地域から南三陸町のいろいろな情報が入ってきたりした時期でした。

この同級生も歌津地区の家が流され、志津川エリアにあるお兄さんの家に家族で身を寄せて、ベーサイドアリーナで仕分けなどのボランティアをしていたそうです。

ベイサイドアリーナは南三陸町へ届く物資の集積場所であり、炊き出しや報道もたくさん詰め掛けて、クレープの炊き出しまであったこともなぜか有名に。
お風呂もいち早く設置されましたし、インターネット環境まで用意されて、被災地の中でもトップレベルの環境と思われている方も多いと思います。

でも同級生によると他の避難所へ良い食料を分配して、ベイサイドアリーナには質素な食料しか残していないのだと聞きました。
(南三陸町や福島県などに行かれた方も、ベイサイドアリーナの環境はむしろ良くないと。
土足で人がたくさん出入りする入り口付近にまで避難者が寝起きしている上に、行政がすぐそばにあるからお酒を飲んで息抜きもできないだろうと。)

食料事情に関してはこの頃歌津中学校では1日2食、平成の森は3食。

歌津中学校ではお昼は牛乳だけとかビスケットだけなどど聞いて心配していましたが、1日2食だったのは日中行方不明者を探しに出ている人などもいるので公平にという配慮からだと聞きました。
炊き出しは毎日のように来ているから、年配者はお昼を食べ損ねることはないと。

食料は届いているけれど今後どのぐらい物資が届くか分からないので少しずつしか出していない、それで肉体労働は辛いと不満も大きくなっていたようですが、先週私が行った時には3食になっていました。
(歌津のいつものおふるまいのような有無を言わさぬてんこもりで、女性や年配者は「少なめ」「少なめ」とお願いしたり、「太ってしまった;」と困っていたほどでした。)

平成の森も一時食料の残りが少なくなったので1日2食になったと聞きましたが、すぐに3食に戻ったようでした。

同級生から聞いた話に戻します。

ガソリンが手に入るようになったので車で携帯の充電ができ、ゲーム機が無事だった子供たちはゲームをやっているとのこと。

ベイサイドアリーナではTVが見られるけれど、他の避難所はまだ。

イスラエルからの医療チームもベイサイドアリーナに常駐ではなく、ベイサイドアリーナから歌津中学校などへ派遣されていったそうです。
自宅避難者のところまでは回れないけれど、通訳もいるのでコミュニケーションは円滑で、みなさんとてもフレンドリーだったと。

いろんなところからの支援が来ていてとてもありがたく、ありがたくてありがたくて・・・・それ以外の言葉、その後の言葉が出てこない。

漁業をやっていたこの同級生にとって、とにかく仕事ができないのがいちばん辛いと。


4/10をメドにベイサイドアリーナ周辺の電気が復旧となる見込み、というのもこの同級生からの情報でした。

その後大きな余震があったことで少し遅くなりましたが、私達が現地入りした4/16午後にベイサイドアリーナ付近の信号が点灯、夜には歌津中学校にも電気が通りました。


そして4/7 に開催されたビジョンネットさんの報告会に参加し、

・避難所の様子は刻々と変わること

・地域性から、何が欲しい、足りないとみんな自分から言い出さない

・人数分ないと物資を配ることができないこと

・避難所は出入りが激しく、管理もされていないため、○人いるはずと思って用意した食事が残ってしまうこともある

・たくさん集まっている義援金が全く動かせていないこと

・すでに歌津中学校に避難しているみなさんと信頼関係が築けている様子と、そのために手探りでいろいろな試みをしてくださったこと

・歌津中学校では使わない物資を老人福祉施設に運んだりしてくださっていること
(こうした自由が効かないケースが多いことが、物資が届いても配られない原因のひとつ)

などを聞きました。

それまで「医療関係でもなく車の運転もできない私が行っても迷惑。交通費をお金なり物資にしたほうが」と思いつめていましたが、

人手が必要で、数人で行って荷物も乗せてなら行くだけのお金やガソリンを使う意味十分ある。
子供と遊ぶだけでもいいし、人数が多いから炊事をするお母さんたちもたいへん。
歌津中学校に関しては寝るスペースもある。
ガソリンは途中や周辺の地域で入れればタンクがなくても大丈夫。

等とうかがって、南三陸町に行こうと決意できたのでした。

先週私たちが行った時はこの頃とだいぶ状況が変わって、明るく前向きな方も多かったです。

今はまた違う状況になっているはずです。

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