南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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*さらに追記*

震災後1ヶ月たってるので、水洗いは避けたほうがいいみたいです。
そして津波被害に遭ったアルバムとして人に見せるどころか、カビカビになって見せられなくなってしまう可能性も・・・・

↓こちらの記事は仙台の写真屋さんからのアドバイスです。

津波かぶった写真の修復 洗う前に複写を 仙台の写真家(河北新報社 4/26)

(続きに内容を保管しておきます。)



震災後に見つかった私の子供時代のアルバムを、南三陸町滞在中に避難所(歌津中学校)で開いているところ。

(*追記* 1枚目・2枚目の写真をあらためて見たら、乳児の頃の隣のページですでに1~2歳になってる;
あらためてひどいと思う T T )



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自衛隊の方が見つかった荷物や写真などを集めておいてくれるそうです。
そこから見つけてきたと。

これで私が子供のころ、いかに可愛かったかが証明できます。
(盛大に突っ込んでください。)

改装前のマルエー店内。
ものすごく若い祖父母。

流されてしまった雛人形の前での、誕生日のお祝いの様子。
(母方の祖母がおこずかいをくれて、手を出して受け取ろうとしている写真;)

2番目の兄の幼稚園バッグがうらやましくて、ブルーのバッグや上履き入れを身につけているところ。

ざるをかぶって母のスカーフか何かをして、「北風小僧のかんたろう」をしている写真もあったはず。

上から4枚目の写真の向かって左側、赤い服を着ている写真は本吉町の芳賀写真館の叔父が撮影したものです。
(やっぱりプロの写真は違う!)

ちなみに兄(長男)のアルバムは田束幼稚園入園までに5冊。
3番目で「ばちっこ」(末っ子)の私のアルバムは、1冊目の終わりが入園式です。

残念ながら見つかったのは私のこのアルバムだけで、兄2人の子供の頃のアルバムは見つかっていないそうです。

上の兄のものは5冊もあったのに。

入園式の写真には、この時一緒に南三陸町に行った韮の浜の同級生、この日会ってきた同級生のダンナさん、いまだ行方の分からないMちゃんが写っています。

周りに映っている手紙や寄せ書きは、学生の時に教育実習をした都内の中学校の生徒たちが書いてくれたもの。
(5年ぐらい前、と言っておきましょうか)
こちらに置ききれなくてビニールの袋に入れて実家に送っていたものが、袋ごと見つかりました。

滞在中に「賞状が駅のほうにあったよ」と言われたのですが、私のものではなかったようです。
(私のものだったとしてもたいした賞状をもらった記憶がないのでいいや、と思ってました。)

この写真や手紙は手袋をして見て、乾かして、見終わったら袋に入れます。

他の地域で写真を洗うボランティアがあると報道で知ったのですが、歌津にはないのかな?

*追記*
洗わずこのまま取っておいて、津波被害の後のアルバムとして、たくさんの人に見せるのもいいなと思っています。
たぶん洗わないと劣化はしてしまうのかな。


家にあったものが町中に散乱したり海へ流されていったりして、見つかっても泥だらけになってしまうのが津波。

こうして写真が見つかって喜んだり、いろんな悲しみや辛さをたくさんの人が味わっているのに、「天災から逃れようなんて人間の傲慢」とか「マスコミはお涙頂戴ばっかり」とかしたり顔で言える人とは友達になれそうにありません。

そして東京へ戻る日の朝、店員さんと撮ったこんな写真も発掘されました。
私が中学生か高校生の頃のもので、この浴衣の柄もよく覚えています。
(えーと、7.8年ぐらい前と言っておきましょうか)

arubamu5

「続き」に津波被害を受けた写真の取り扱いについてのニュース記事があります。
(保管期間は未定です。)


■津波かぶった写真の修復 洗う前に複写を 仙台の写真家
河北新報 4月26日(火)


東日本大震災で海水や泥水に漬かった写真の取り扱いに、専門家が注意を促している。震災から1カ月以上たち、水で洗うと色素が抜け落ちるケースがある。専門家は「大切な思い出が消えないよう、洗う前にカメラで複写した方がいい」とアドバイスしている。
 仙台市青葉区の写真家本田長彦さん(38)は4月中旬から、親類が住む宮城県南三陸町で津波をかぶった写真を修復し、所有者に返却する活動に取り組んでいる。ボランティアが被災地で写真を水洗いする動きも広がっているが、「水洗いで修復できる時期は過ぎた。複写に切り替えた方がいい」と指摘する。
 印画紙の感光層はゼラチンが使われ、水に弱い。本田さんは「アルバムのフィルムと写真が密着している場合、無理にはがすと修復不能になる例が多い」と言う。時間の経過と気温の上昇でカビが生え、退色が進むことも懸念される。
 写真現像や画像処理を扱う「tcd東北カラーデュープ」(宮城野区)は震災を受け、4月末まで1人2~3枚に限り、無償で修復サービスを実施している。唯一無二の記念を救済してほしいと、持ち込まれた写真は500枚を超えた。
 社長の竹上信武さん(67)は「津波で何もかも流されてしまった今回の災害ほど写真の大切さを感じたことはない。写真の状態によって修復方法はケース・バイ・ケース。迷ったらいったん乾かし、相談してほしい」と話す。
 デジタルカメラでの複写は写真表面の汚れをブラシで払い、ストロボを使わずに自然光で撮影する。(1)カメラと写真が正対するよう構える(2)表面が光らず、撮影者の影も映り込まないよう撮影角度を調整する(3)写真がファインダーいっぱいになるよう拡大する―のがポイントという。
 連絡先は本田さんがphoto.honda@gmail.com、tcd東北カラーデュープが022(256)2141。(瀬川元章)

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コメント


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年齢について

ある年齢を超えると足し算が出来なくなるという現象が起きるそうです。
「サバヨミ」という病気らしい・・・

サバヨミ | URL | 2011-04-25(Mon)09:27 [編集]


うちのも

すごいねー!
さとみが生まれる前の写真(笑)

うちの兄の成人式の写真も南三陸町で発見されたって言ってたからマルエーにあったものかも
髪型見て「ビフォーアフターだな」って役場で笑い話になったみたい(^^;

さとみ | URL | 2011-04-25(Mon)12:16 [編集]


貴重な思い出

こんにちは(^o^)/

自分の思い出の写真があるってこんなにも大事なことだったんだ・・・改めて気付かせてもらいました。
私など、粗末にしているわ~反省。

年齢については、半世紀を過ぎると数えなくなります。
何歳?だったけ~と、訊かれた人にしらっと言えるようにもなったりして・・・そんな自分が可愛いと思う(誰も言ってくれないので自分で言う)

n_cさんは、上二人が男兄弟で生まれた子が女の子。
家族にも親戚にも周りにも可愛がられたでしょうね。

芳賀写真館さん撮影の写真を見ると実際可愛いじゃ~ありませんか、有馬温泉!←奥様のKさんといつもこれを合い言葉のように言い合ってる。

では~

小松千鶴子 | URL | 2011-04-25(Mon)12:19 [編集]


Re: 貴重な思い出

私も震災前までは自分の写真は当たり前に実家に存在しているものと思っていましたよ。
(特に大切にもしていなかったと思います。)

私も自分の年齢が素であやふやになってきました。
でも新聞取材って、年齢も載るんですよね~~~~~~~。

> 家族にも親戚にも周りにも可愛がられたでしょうね。

そんなことないのは、写真の少なさからお分かりいただけるかと。

> 芳賀写真館さん撮影の写真を見ると実際可愛いじゃ~ありませんか

ええ、子供の頃は!

芳賀写真のKさんもお嫁にいらした時は儚げでとても美しく・・・・
(当時NHKの朝ドラでは沢口靖子主演の「澪つくし」が放送されていて、役名がKさん)

いとこも私も、「こんなきれいな人がおじさんのところに!」とびっくりしたんですよ。
これも過去形になってますけど。

n_c | URL | 2011-04-26(Tue)11:34 [編集]


Re: うちのも

大樹が生まれた時に里帰りでマルエーに数日いたのは覚えているけど、さとみの時はどうだったか覚えてない・・・

> 髪型見て「ビフォーアフターだな」って役場で笑い話になったみたい(^^;

下から撮ってて、背も高く映っていたような。
いま殺人的に忙しいはずの役場に笑いを提供するなんて、エライねぇ。

n_c | URL | 2011-04-26(Tue)11:37 [編集]


Re: 年齢について

私は病人かー。
いたわってくださーい。

n_c | URL | 2011-04-26(Tue)11:42 [編集]


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