南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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なかなかブログの更新ができませんでした。

体を休める間がないのでなおりかけの風邪をこじらせてしまい、落ち着いてからまた風邪を引き、1ヶ月ほど体調がすぐれませんでした。

ノドを痛めたのがなかなか治りません。
(ポリープなどはできていないようです。)

声を出せない・電話ができない・会話ができないために1ヶ月以上思うようなことができず、大きな大きなロスをしてしまいました。

パソコンが壊れてしまったことと、その後データの移行などの時間が取れなかったこと、急遽中古で手配したパソコンのバッテリーがほとんど持たないことも、大きな痛手でした。

それでも寝る間を惜しんでメールや筆談、FAX等でできる限りのことをやってきましたが、当然不十分です。

そもそも一人で抱えきれないほど、やらなければいけないことがあり・・・・・その1割か2割しかできていません。
(やりたいことがたくさんあるわけではなく、すべて後回しにしています。)

やるべきこと・急いでやらなければいけないことが何日も滞ったままです。

人に任せられないのかと責められることも多々ありますが、残念ながらそううまくはいきません。

人にお願いできそうなものは地味なことだったり、継続的に責任を持ってやっていただなかいといけなかったり、秘密厳守でやってもらわないといけないものだったり。

南三陸町でやってきたこと、ご支援いただいた方の紹介や、お預かりした物資を配っている様子、使っていただいている様子、カンパを下さった方へのお礼とご報告。

それをこのブログですることが本来いちばんやらなければいけないことで、やりたいことでもありますが、思うようになりません。

正直にいえばストレスもとてつもなく大きいです。



このブログには震災後の自分の気持ちもありのままに書いて残しておこうと思っていたので、書ける範囲で書いていくと、たとえばちょっとした時間でできることがパソコン故障後の諸々でできなかったり・・・・

どのように書いても伝えても、受け取る人のバイアスや願望が加わって違う情報になってしまうことも度々あり、ちょっとの時間で短い文章と写真を1枚、ということもなんとなく億劫になってきました。

中には「こう書いてあった」「こう聞いていた」「聞いていない」と言えばなんとかなる、という気配を感じることも何度かありました。
(そうと思いつつ謝ってそういう方のお手伝いをさせていただいたりしましたが、今後は謝らないかもしれません。)

被災地にいる人の不満や愚痴も可能な限り聞こうと思っていると、誰かの悪口を聞くことにもなります。

それは言う人だけが悪いのではなく言われる人にも原因がある場合が多いのですが、震災直後は「○○さんも無事だったよ!良かった!」から「○○さんが~~~した。いつもそう」に変わっていくのは、自然なことかもしれませんが聞いていてつらいものがあります。

そういう軋轢が最小限で済むように、ボランティアで何度も行く方にはそういう事情も話しているのですが、なかなか理解してもらえません。

このブログにも誰かの悪口を書いてくる人がいましたが、被災地で電力と通信が復旧して、やることはこれか?と残念でした。
現地の方に物資配りを手伝ってほしいと書いても反応はありませんが、こういうことはするのかと。

1つ持っている人・今使う分はある人が持っていくために、1つもない人に物資が回らないという場面にも何度か遭遇しました。

なので私は自分の故郷の人たちがみんなねたみもそねみもない一切ない仏や天使のような人たちで、物資を届けないと暮らしていけないほど困っている人ばかりとは思っていません。

むしろ私のほうがいろいろ困っていたりしますし、向こうに行っておんちゃんたちをぴしぱし叱ったりもしています。

それを話す時間がないので、「もう物資は配らなくていいから、自分の仕事をしろ」「感謝どころか恨まれたりもするかもしれないから」とご忠告をいただくことも、度々あります。

物資配りだけをしているのではなくて、これからのことも手伝っているつもりですし、いろいろ、本当にいろいろ話をしてきていろんな局面を見てもいるつもりなので、何も分かっていないかのように言われるのはキツイです。

「寝ろー」も「休めー」も「仕事しろー」も、そうしたくてもできないから困っているので、ストレスにしかなりません。

たぶん被災地の方が「頑張れ」と言われるのはツライというのと同じだと思います。

そして熱にうなされていても体を休められなかったり、声がかすれて咳き込んでいても「ちょっとだけ」と長い会話を求められたりにもかなりまいりました。
「今日は急ぎの件以外は待ってほしい」とお願いしても急ぎの対応を要求されたり。

私の対処が悪いと思われても仕方がないですが、どんな対処をしても通用しない人には通じません。

またライフラインが復旧したこと、たくさんの方がすでに被災地へ行ってくださったことで、「とりあえず自分も行ってみたい」という方、現状に即しているかは二の次で自分のやりたい支援をやりたい、聞きたい・見たい・知りたいで飛び込もうとする方も増えてきています。

それを止めてほしいと言えば、自分が損をするだけなのは分かっています。

その他責められたり誤解されたりはなんとも思いませんが、その過程や原因にストレスを感じています。

何よりもやらなければいけないことができない、終わらない、これがいちばんのストレスになっています。

一つ屋根の下に住むご家族でも「足りないから欲しい。周りの人にも配る」という人と、「置く場所を取られるからイヤだ」という人とがいるのは、仕方のないことなので腹はたちません。

その場にいる人をたずねていって「今いません」「今日は休みです」と言われるアッペトッペが一度や二度ではないことも、忙しさから来るものだろうと思うので、責める気持ちにはなりません。

手違いで半日待たされてもパソコンさえあればいくらでもやることがありますから、腹は立ちません。

被災地に縁も縁もない人の無関心や本音も、多くはさもありなん、と思うだけです。
時には「とんでもない!」と腹が立つものもありますが。

イライラはしますがいまのところメンタルクリニックのお世話になる必要はなさそうです。

ただどうにも出口の見えない体調不良と絶望的な時間の足りなさ。

解決策は見つかっていないというか、ないですね。

ただ頭の上を通り過ぎるのを待つしかなさそうです。

いっそのこと全部投げ出してしまえ、という人もいるかもしれませんが、それができずに南三陸町で頑張っているあの人やこの人のために、少しでもおでってがしたいのです。

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