南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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これはご本人にもご家族にも町にも許可を得ずに独断で書いています。

長いですがあえて記事を分けず、このページだけにします。

私もずっと休みなしで疲れがたまっているのでうまく書けないかもしれませんが、必要であれば加筆も修正も削除もするつもりです。

最初に断っておきますがコメント欄で不毛な議論をするつもりも、時間的なゆとりもありませんので、ご了承ください。

言いたいことがあれば身元を明かしてこちらのメールフォームからご連絡ください。

お返事させていただくかどうかは分かりません。


(1)震災後のこと

私は南三陸町 町長の佐藤仁さんに、震災前に何度かお会いしています。

震災後も何度かお話ししましたが、心身ともに疲れをため込んでいるはずなのに、常に力強い口調でした。

だから町に新しい産業と雇用を早急に立ち上げるために、手いっぱいの職員の方に代わって、一職員がするべきことまでなさっていたことを知っています。

ボランティアの方々や企業からの支援の申し出と、町の人たちの営業再建との兼ね合いに悩まれ、気を遣われていたこと。

決断が早くブレなかったこと。

それでも担当すべき人たちがまだ機能できず、スタートできないでいることもあること。

決められた会見の時間以外にも行く先々で声をかけてくるマスコミにも対応されていたこと。

お忙しいのにくだらない行政批判にも「いつでもどうぞ」という気概をもたれていたこと。

何より私のような者や、たくさんの支援者の方々に対して情のある接し方をされていたことも。

「(自分のは)カラ元気だ」と言いながらも、力強く前向きで、こちらを気遣ってくださいましたし、私の母に会った時にも「娘さんにいろいろやってもらっていて」とおっしゃっていたそうです。

7月の福興市で小雨の中、ご自身は傘をさしていないのにまきのめぐみに「風邪ひくなよ」と声をかけられていたのも、そばにいて見ています。

歌津のことはほったらかしだと言う方が多いですが(根拠をキチッと並べて言っているのを聞いたことがないので、私はこれについては断定的なことは言えません)、ある支援団体の方に「歌津がたいへんだから歌津に行ってほしい」と言われたことも、その支援団体の方から聞きました。

(その団体からは歌津地区にひとかたならぬご支援をいただいています。
※RQさんやビジョンネットさんではなく他の団体です。
その団体からどんな支援をしてもらっているか、後で知ったらみなさん驚かれると思います。)

人を介して、一時かなりやつれられた様子の写真を見ました。
ずっと休んでいなくて、7月か8月頃?に1日休まれたものの、むしろ罪悪感で休まらなかったとも聞いています。

みなさんも震災後に毎日会見をして町の現状を全国に訴えていたおかげで南三陸町が毎日のように報道され、たくさんのご支援をいただいたことと、震災後数日、波をかぶった時のままの服装で過ごされていたことはご存知かと思います。

そんな中で職員の方の疲労についても訴えられていたことも、ご存知でしょうか(こちらの記事です)。

職員の方(他県からのお手伝いの方も含めてかと思います)がなさったことの責任を取ったり、どなたかの(誰とは書きませんが)顔を立てて説明に出向かれたりということもあったようです。

なぜこうした事情を知っているかというと、それだけ南三陸町が大変な状況だったことと、そんな中で佐藤仁町長がさまざまな形で頑張られていたからです。
(私の身内経由で聞いたからではありません。)



(2)町内の批判

そんな頑張りに対しても否定的な声は、もちろん耳にしています。


たとえば、毎日記者会見をしてくれていたことについても、「当然だ」という人もいました。
(「他の市町村ではやってないよ。飲みながら言うことじゃないよ」と言っています。
「町にいない私にはそう言う資格もないけれど」と加えて。)


避難所を見に来ていないという声もよく聞きました。
公務に当たったり報道関係の方や支援社の方の対応をしていただくのが良いのか、避難所をできるだけたくさん、長い時間をかけてまわることを優先させたほうがいいのか、どちらも大事でどちらを優先すべきかに正解はないと思います。

そういう時間的なゆとりがないことも、町の人がそれを不満に思う気持ちももちろん分かります。

歌津中学校に天皇・皇后陛下が来られた日と、6月19日と、少なくとも2回は歌津に来ているのに、その後も「いまだに歌津に来ていない」という声が根強くありました。

泊崎荘さんのブログ「おらほさきてけさいん」本日の支援者の方々【6/19】

もちろんこうしてブログに載ったところで、万人の目には触れるわけではないので、仕方のないことかもしれませんが。
(天皇・皇后両陛下がいらした時はかなり報道されてみなさんも知っているはずですが、この時はノー・カウント?
すでに町の造営計画などについての話し合いなどもされているそうなので、その時もいらしているはずです。)


自衛隊が来て最初にガレキを片付けてもらった場所は町長さんの親戚があるところだ、という声もありました。

そんなことを言われたら、私だって物資を配れません。
町の中はみんな、家族なり親類なり友達のお母さんたちがいるんですから。



毎日町の外に飲みに行っているという人もいました。

「俺が見たのは○日だ」「俺が見たのは一昨日だ」→「じゃあ毎日じゃねえか!」というのも、お酒を飲みながらの話ではどれだけ正確か分かりません。

もちろん支援団体の方やご家族と町の外で飲食をすることが頻繁にできる状況にはないことは、容易に想像がつくと思います。


「よくやってくれているのは分かるけれど、何をやっているのかが伝わって来ない」という声もあります。

これはご本人があちこちを回って直接話すことはもちろん(実際に会って話した方が回答に安心していることを思えばなおのこと)、町の広報やマスコミが知らしめていくべきだと思います。
今町役場にそういうゆとりがなく、もっと急を要することがあるのが現状でしょう。



防災庁舎をモニュメントとして残したいという意向も、かなり批判を浴びたようです。

これも独断で決行しようとして発言したわけではないはずなのに。

私個人としては防災庁舎を残すことは反対です。
防災庁舎が残っていたら、みんな亡くした人のことや津波の恐怖を忘れられない。

私の幼馴染みもいたあの場所が観光地化するのもやりきれない。

報道された当初は「反対も分かるけど、じゃあ原爆ドームはなぜ残っているんだ?」「津波の被害を後世に伝えるために必要だろう」という声も世間には多かったのに、いつの間にか町長さんだけ人でなしのような論調の報道も見かけるようになりました。

あの場で生きるか死ぬかの経験をして、目の前で職員が流されていくのを見た人の考えたことです。

「遺族感情は分かるけど」と他人事で言える人の発言ではないことを、まずは考えてください。


亡くなられた職員のご遺族の元へ一度も謝罪に来ていないという批判もありますが、まずは副町長さんと職員の方がご遺族の方を尋ねたそうです。

尋ねたものの、ご家族が面会を拒否したという話も聞いています。

誰だろうが会いたくなかったのか、町長さんが来ないと、ということなのか、私には分かりません。

そして今現在ご遺族のところを訪問されているところだそうです。
河北新報の記事

幼稚園から一緒の友達を失った私がこれだけ辛いのだから、ご家族を失った方はどれだけ辛いだろうと思います。

謝罪や説明がほしいという方もいれば、誰にも会いたくないし触れられたくないという方もいるでしょう。

何より私は防災庁舎のことで、何も知らない、あそこで誰も失っていない、町に縁もゆかりもない人が好きなように口を出してくることに憤りを感じています。
(純粋に心配してくださっている方、ごめんなさい。)

誰かを責めても、亡くなった人は帰ってきません。

私も当初ニュースを見た時、兄やいとこも防災庁舎にいただろうと、覚悟しました。

でも逃げられるものなら逃げているはずだ、ダメなら物理的に無理だったとしか思えない。

当初聞いた「庁舎に残っていた人たちは男性が多いみたいだから、○○ちゃんもきっと大丈夫だから安心してね」という言葉。
最近になって聞いた「去年退職した○○さんがいたら避難が優先!と言ってみんな逃げていたかもしれない」という言葉。

町を離れていた私が防災庁舎の移転が志津川町と歌津町の合併の条件だったと聞いたのは震災の後でした。
(庁舎移転についてはこの下の(4)をご覧ください。)

いまだに同級生が見つからず、みんなで遺骨を抱きしめてあげることもできず・・・(できたとしても)「もしも・・・だったら」なんて話をいくら聞いても、心が晴れることがありません。

遺族感情に添っているつもりなら、正義の味方になったつもりなら、見つからない人や遺品を探してくれたほうがよほどありがたい。

公権力、役場や町長さんの悪口を言ったり聞いてあげれば、自分が被災者の方の気持ちを理解しているような気になれるのでしょうね・・・・・

そして防災無線で最後まで避難を呼びかけた遠藤さんのことも、美談にしたのは役場でも町長さんでもありません。
報道と、それを見た人が自然と美談だと感じたことです。

町の人がそれを利用しようとしているのなんか、見たことも聞いたこともないです。


(3)各種報道について トレーラーハウスのこと

まずこの数日の、トレーラーハウスを私物化したという報道について。

各社の報道内容を並べて見ると、悪意を持って書かれたものがあることが分かります。

南三陸に無償貸与トレーラーハウス 町長、自宅敷地で使用(河北新報社 2011年09月17日)
※リンク先が表示されない場合はこちらをご覧ください。


南三陸町長が災害支援トレーラーハウスを「寝たばこ」に使用(産経ニュース 2011.9.17 )

「寝たばこのためだった」南三陸町長 トレーラーハウス撤去へ (スポニチ 2011年9月17日 )

私は町内の「仮設住宅では家族が多いと台所や玄関で寝ている人もいる。その人たちにどう説明するのか」「テントで寝泊まりするボランティアのために使ってほしい」という声は聞いてないですけどね・・・
そうやってたくさんの人に監視されている状況であることは確かですが。

産経ニュースには津波で元々の自宅が流されたことには触れられていません。
(故意かどうかは分かりませんが。)

最初にキャンピングカーのような車の中で寝ていると聞いた時は(いつ頃か忘れましたが)、建物の中で寝ることができないのかと心配な反面、仕切りのあるところで休めているのかと安心しました。

なにしろ職員でさえ行く先々で質問攻めと聞いていましたから。

もちろんその車の中にもいろんな連絡が入り、尋ねて来る人もたくさんいるのだろうと、想像がつきましたが・・・・

私は深夜早朝も電話対応・来客対応をされているのが確かだと知っていますが、記事によっては寝たばこのためだけに使用したかのように書かれています。

仮設が狭いからと台所で寝ている方もいるのは胸が痛いですが、その方々が町の重要決定をするために深夜早朝の対応を迫られて、ご家族の睡眠を妨げているわけではありません。

公人の、自治体の首長の家族だと、深夜早朝に電話で起こされたり、人が尋ねて来るのをガマンしなければならないのでしょうか。
ただでさえもたくさんの人に注目され、自分の家族が「なぜ生きているんだ」「人殺し」だとののしられることすらあるのに。

私も理不尽な言いようをされたことはたくさんあって、なぜ人の人生がうまくいかないことまで、私のせいになるのだろう?と思うことも、多々ありました。

震災後も必死で寝る間も食べる間も惜しんでやってきたことに対して、理不尽なことをだいぶ言われたものです。

でも、「なんでお前が生きているんだ」とこれほどまでに責められている人を私は知りません。
(ご家族もそうした声を見聞きしてしまいます。)

東電の社長さんだってここまで言われていないのではないでしょうか。


これからの町作り、地域作りに関わっている方は、今みんなお疲れになっています。

たくさんの人に会う体力的な疲れに加え、たくさんの人の幸せと暮らし、100年、1000年先の町の安全を考えているのですから、その重圧は相当なものでしょう。

こればかりはお手伝いができません。

気分転換も、他のことをせずに体を休めながら、ゆっくり考え事をする時間も必要でしょう。
そうしないと判断力も鈍ります。

私はたばこを吸わず、体が受け付けないので相当な嫌煙家ではありますが、たばこを吸う方がストレスの解消や考えごとのためにたばこが必要であることは理解していいます。

だから震災後にお酒やたばこも必要だろうと、支援物資でお酒やたばこを送った方、それに理解を示された方もたくさんいたはずです。

避難所で寝たばこができなかった方からすれば腹立たしいのかもしれませんが、寝る前のわずかな時間しか、たばこを吸いながら考え事ができなかったということでもあると思うのです。

町の人のために重要決定をする人の休息の場、ひいては健康を奪うことになったとして、何か町の人たちにメリットがあるのでしょうか?

報道のみなさん、何のためにこうした報道をされるんでしょう?
町の復興を遅らせることに責任を感じないのですか?

それを仕掛けている人も、くだらない自己満足のために町を混乱させないでください。
やることが幼稚でスケールが小さいと、みんな失笑していますよ。


(4)各種報道について 防災庁舎の移転について

5年前の合併時に防災庁舎の移転が計画されていたという話も、何社かで報道されました。

ただどれも、町の人から聞いた「移転するべきだったのに!」と聞いただけで終わり。

報道としてこれは手落ちではないでしょうか。

合併後、予定していたことの8割が達成されているそうです。

達成済みの案件が庁舎移転よりも優先すべきものだったのか、なぜそれを優先したのか?

予算の都合なのか、町民からの要望なのか、町民からの要望であれば町内のどういう人たちからの要望であったのかを検証するべきです。

達成済みのひとつである火葬場の建設も、震災前~震災直後の利用状況なんかもしっかりお調べになるとよろしいかと思います。

またこれが公約として掲げられていたものなのか、そうでないのかも調べてないようですね。

他の市町村の震災当時の対応や被害状況などについても調べて、その上で南三陸町が手落ちなのかどうかという話すら出てきません。

合併時にこの件がどう話し合われたかは、私もおおよその把握で関係者間のやり取りまで実際に見聞きしたわけではありませんが。

まずはそのあたりをよくお調べになってから批判記事を書かれてはどうでしょう。

町の復興を妨げ、町の人をがっかりさせるからには、そのぐらいのことをなさってください。

そこまでお考えになったことすらないでしょうけれど。

私も防災庁舎が高台に移転していれば、大切な友達を失うことはありませんでした。

自分以外にご家族や親友を失った人もたくさん知っています。

ご家族を失った方の悲しみは私の想像も超えるものだと思います。
(だからあそこで誰も失っていない人に、わかったようなことを言われたくない。)

職員遺族会の会長となった牧野駿さんとも震災後にやり取りがあり、息子さんを亡くされても気丈に歌津の復興に尽力されている、頼もしい方だと思っています。

そしてなぜか地震を予測できなかった御用学者や、震災の数日前の地震によって「大津波が来る可能性が低くなった」との発表をした学者さんや、新聞社は、ネット世論やマスコミに非難されている気配がありません。



(5)懸念していること

私が知る限り、佐藤仁町長は相当お強い、豪胆な方です。

普通ならノイローゼになるような体験と疲れ、重責の中で、あれほど気丈で倒れずにいるのは奇跡のようです。

今はやり場のない怒りまでぶつけられる立場なのに・・・・

それだけにおかしな人たちがゴチャゴチャ言うことを気にとめず、真摯にやるべきことをやろうとなさっているようにお見受けします。

だからくだらない取材にも真面目に、まっすぐに対応してしまう。

ウソをついてもごまかしてもいいようなことでも、ストレートに真実を話してしまう。

職員がたいへんだから、人を解して誤解が生じるのは良くないからと、自分で対応してしまう。

悪意を持って取材に来ているのが分かっていても、堂々とまっすぐな受け答えをされる。

合っているかどうか分かりませんが、そんな気がします。

そして問題がなく、ソツのない受け答えをされたために、取材した方は揚げ足を取れないので、ご丁寧にうがった書き方をするようにもなる。
(最初から貶める記事を書こうと思っているのでしょう。)

本人が対応するから、町の人の味方になった気でいる幼稚な自称ボランティアに、会ったこともないのに粘着される。

私が懸念しているのは、町のこれからを担う立場にある佐藤町長の心身の健康だけではなく、町の人たちがこうした報道で落胆してしまうことです。

町の人の味方をしたつもりでこういう記事を拡散したらいあおったりする人がいますが、町の人たちは自分たちの町を引っ張る立場の方に関するおかしな記事を見て、そういう人なのかと落胆するのです。

そこまで考える頭はないようで残念ですが。

南三陸町の佐藤仁町長という存在は、今かつてない注目を受け、今後もどこかで震災が起きた時にあらゆる面を比較検証されたり、モデルケースとされていくことと思います。

あまり理不尽な叩き方をすると、今後どこかで災害が起きた時に、自治体の首長や従業員を預かる経営者が判断を謝ったり、落とさなくて良い命を落とすことになりかねません。

私は震災の直後から、今回の震災のあるゆる面が、今後どこかで災害が起きた時に再びクローズアップされると思っていました。

被災された町内の方のやり場のない怒りが役場や佐藤町長に向けられるのはある程度仕方のないことで(誰がトップでも批判は出るものです)、そうした先のことを考えるゆとりがないのは当然です。

町の外からボランティアを称してこられて町を混乱させている方々は、先々の他の町のこともよくよく配慮して動かれてください。

最後に、私はブログにこういうことを書くだけでなく、具体的なアクションを起こす人間です。


*参考記事*

一部報道について(Civic Force ニュース 2011/09/16)

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コメント


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Twitterから検索でたどり着き読ませて頂きました。このブログは震災を後から振り返るときに必要なことが冷静な筆致で書かれていると感じました。続けて頂きたいと思っています。

- | URL | 2011-09-20(Tue)16:44 [編集]


本当に、同感します。
震災以降、町長さんや職員さん方に向けてのネガティブな意見など、ストレスや疲れで言い方が悪くなったりもしてるのかもしれませんが、よくそんなパワーがあるなぁと感じてます。
それを他に向けれないんでしょうかね。

それを受け止める町長さん職員さん、その家族もエネルギーを使って、いらない疲れやストレスが溜まる事が心配です。

庁舎で、もしも町長さんも流されていたら、町は今ほどの支援は受けれていなかった気がします。
職員のご遺族の気持ちもわからなくないですが、
どうか前を向く事にエネルギーを使って頂きたい。

小さい町なのにね。


Nちゃんいつもありがとう。

あい | URL | 2011-09-22(Thu)10:39 [編集]


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- | | 2011-09-28(Wed)10:40 [編集]


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障害報告@webry 2011-09-21 (Wed) 01:54


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