南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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ご覧になられた方も多いかと思いますが、岩手県で被災して救助されたおじいさんの力強いメッセージがたくさんの人の感動を呼んでいます。



無事残ったものの倒壊しそうになっている自宅から自衛隊の方に救助され、フジテレビのカメラの前で

「大丈夫です。よかったです。
チリ津波んときも体験してっから。大丈夫です。
また再建しましょう」


と語ってくれました。

笑顔で、とてもしっかりした口調です。

さらにこの映像を見た人の反響と共に、「被災おじいさん」などとしてニュースになっています。

被災おじいさん「また再建しましょう」 「泣いた」「感動した」ネットで大人気


チリ地震津波の後に再建して、きっと戦争も体験した人の言う「また再建」。
たくさんの方に明るくさわやかに、力強く響いたようです。

この続きは折りたたみました。良ければクリックしてご覧ください。



(この方は出征いていたかもしれませんが、宮城県沿岸部太平洋戦争の際に空襲がありました。
あまり報道されていませんが、米軍海兵隊も24時間体制で支援活動をしてくれています。
「ともだち作戦 Operation Tomodachi」
かつて米軍からの空襲のあった地域に今米軍の支援が入ったら、感動しませんか。

年配の方はちょっと怖いと思うかもしれませんが・・・; )

外に出られて、明るいひざしを浴びて、自衛隊の人だけでなく報道の人ももう来られるようになったのだとわかって、明るい表情になっていくのが分かります。

女性2人との高齢者3人家族ということなので、時々映っている男性や女性は近所の方か家族か親類の方で、この家におじいさんたちがいると自衛隊に知らせてくれたのでしょう。


私もちょうどTVニュースでこの映像を見ていて、それが今回の震災で最初に涙腺が崩壊した時でした。
たぶん被災地出身の私とそうでない方はちょっと種類の違う涙だったと思います。

その時はほとんど誰も消息が分からず送信したメールが戻って来ては震えていた頃でした。

土地柄、被災地の人の中にはもともとこんな強い気持ちを持っている人が多いことはよく分かっています。
被災地出身者はチリ地震津波や宮城県沖地震のことを子供の頃から繰り返し聞いて育っているので、このおじいさんの「また再建」が軽いものではないことも伝わりました。

でも自分の知っている人がたくさん被害に遭ったことは確実ですし、相当数になるはずの被害者数の把握もできていない段階でしたから、このおじいさんのように「また再建しましょう」とどのぐらいの人が言えるだろうかと、そんな思いも混じっていました。



無事だった方と連絡が取れるようになって、携帯の充電もできるようになったら「また再建しましょう」と語ったおじいさんがたくさんの人の感動を呼んでいる、と伝えるのはきっと被災地の方の力になるはずです。

そしてこの動画の感想に、「おじいちゃん子だったのでこのおじいさんに初めて会った気がしない」というコメントがあるのですが、実家で働いてくれていたYさんの息子が自営隊で救助活動にあたっているので、ニュースで見かける自衛隊員の方がみんなその子に見えます。

(寄せられているコメントはこちらこちらで見られます。
動画もこのコメントも、TV番組の映像なのでいずれ削除されると思いますが。)

若い隊員の方がワンちゃんを抱いて一緒に降りてきて、他の隊員の方が頭をなでるとニコッと笑うのも映っています。
きっと心身共につらい中で作業に当たっているはずの人たちです。

救助活動にあたっているみなさんも本当に気をつけてください。そしてただもう「お願いします」。



ぜひ「また再建しましょう」を今年の流行語大賞にしていただいて、その頃には仮設住宅や親類の家、都内にも500戸用意されているという都営住宅などにいる被災者の方へのメッセージにしていただきたい。

ご家族の女性はカメラを向けられて迷惑だったかもしれませんが(被災後の姿を映されたくないという思いは十分に理解できます。年配の方ですから私たちよりそういう気持ちは強いはず。)、この言葉と映像がどれだけ被災地を含めた日本中、世界中の人への影響力になるかと思うと、カメラやマイクを向けている方を責める気持ちになれません。


ちなみに今「また再建しましょう」で検索しようとすると、「また君に恋してる」より上に候補として表示されます。

google検索はまだ分かりませんが、Yahoo!検索だと

YouTube また再建しましょう 被災おじいさん また再建しましょう ユーチューブ また再建しましょう また再建しましょう 動画 地震 また再建しましょう また再建しましょう ニュース また再建しましょう 海外 また再建しましょう 名前 ユーチューブ 動画 また再建しましょう また再建しましょう 岩手

といったキーワードが並んでいます。


それから英訳して下さった方がいるようですので↓貼り付けておきます。


English translation: (the three elderly rescued three days after the quake happened, from the third floor of their destroyed house)

Reporter: Are you alright?

Old man: I'm alright, I'm alright...

Reporter: What a relief...how are you feeling now?

Old man: I experienced the Tsunami caused by earthquake in Chile(back in 1960)

I'm alright, alright....Let's rebuild again!

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コメント


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高台に住宅・学校・病院などを

堤防であの大津波を防ぐのは無理なので、住宅や学校や病院などは高台に移してはどうでしょうか。

こちらをご覧ください。http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20110331/p1

moriaogael | URL | 2011-03-31(Thu)13:43 [編集]


事実誤認ですね

moriaogaelさん、わざわざお知らせありがとうございます。
この記事も事実誤認ですね。

まず水門と津波のメカニズムをご存知ない方が多すぎます。

拙ブログに津波について、防災意識について、なぜ住民が町を離れたがらないかなど書いてありますので、ご覧いただければ「もう大丈夫」と思って戻っているのではないことがお分かりいただけるかと思います。

その上で、moriaogaelさんのご意見もうかがいたいです。

お知らせいただいたブログにもコメントを入れておきました。

n_c | URL | 2011-03-31(Thu)15:33 [編集]


復興への道のり

高台に住宅・・・のブログを読ませていただきました。

あちらにコメントを書き込もうとしましたが、こちらにご縁があったものだから書き込ませてください。

長くなりますがお許しください。(続きの処理でもお願いします)

今回の大震災が「予測不能」「未曾有」「1000年に一度」などの言葉で言いあらわされていますが、こと地震・津波に関しては日本ほど観測を強化し限りなく来るべき地震の予測を発信する能力のある国は、世界中を見回しても日本の上を行く国はないと豪語させていただきます。

それほどに、国民・住民の対地震対津波への防災意識は凄いものがあります。

しかし、今回の惨状・・・結果であの時この時、こうすれば~などの「たら・れば」での結論を出すのはまだまだ早いと思います。

将来の町づくりのビジョンとしては、何か画期的な都市計画案が今回の大震災を経験した、またしなくても判っている若い方達の中からきっと出てくると思います。第1案・第2案・第10案・・・よい意見を見出すべく、ここはじっくりと考えたらよいと思います。

国の復興への試案の作成は(復興資金・産業の再生・とりあえずの住民の暮らし)、骨子だけでも早く国民に示す必要があると思います~早くのものとじっくりのものの両建てが必要かと・・・

TVでのインタビューを視ていて、親世代は近々の生活のため移住を~と考える親御さんも居られましたが、その子供達は、ここにいてここを立派に立ち直らせる、津波に負けない町を造ると、避難生活の大変な中決意に満ちた顔を見せてくれました。

阪神大震災の青天の霹靂の直下型と違って三陸地方に住まれる方々は、防災意識が非常に高かったと思います。

南三陸町の皆様には、また思い出させて申し訳ないですが、町の防災センターの2Fで女性のアナウンスで「津波がきます。住民の皆様は高台に避難してください。」の必死に何度もアナウンスする声が、映像を視ている遥か遠くにいる私でも、いまだにその声と津波が押し寄せて、建物の骨格だけ残った防災センターの姿が、脳裏に焼き付いています。

あの声の主は、今、いかがされたでしょうか?

防災センターに1波・2波~7波まで津波が押し寄せたそうです・・・誰も、予想が出来ない。まさか、あの津波の高さもあるでしょうが、とてつもないエネルギーだったそうです。

私個人の意見ですが、出来るだけ今までの所で暮らせるように、住みなれた町に帰って来れるように、生活・産業・学校など、一時的には他所で暮らしを持っても帰る故郷を再建するよう日本国民の皆が支える心一つになって復興の力添えをするべきですね。

阪神大震災の時、住みなれた町が灰燼に帰したとき、今まで住んでいた所と離れた高台に仮設住宅が建てられました。その時三重の津に居まして、夫の実家の法事に帰り終り、津の家に帰るとき、夜行列車を利用しました。朝方、明石から神戸三宮まで延々とブルーシートの水色の壁みたいな景色が続き~小高い丘に殺風景な周りに緑もとぼしそうな仮設住宅が延々と建ってあり、その住宅でお年寄りの孤独死があったそうです。

これから、大変な復興の道のりでしょうが、皆・皆、日本中で支えて行きたいです。

小松千鶴子 | URL | 2011-03-31(Thu)17:29 [編集]


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