南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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この文章を書いたまま数日が経過してしまい、今日の議会で決定されるということですが、そのままアップします。
訂正 合同庁舎のほうだそうです。さんさん商店街入り口にある消防署跡。お騒がせしましたm(_ _)m すでに解体準備が始まったと聞いていますが詳細については今後報道される内容に任せたいと思います。)

度々報道されているのでご存知の方も多いと思いますが、南三陸町の防災庁舎の保存を検討してほしい、という声が上がっています。

昨年のうちに解体と決まっていましたが、保存を望む声もあることから、話し合い・検討の機会があってもいいのではないか、ということのようです。

報道により、時期により、解体を希望する声が町の人たちの総意であるように伝えられることもありました。
逆に今は保存を望む声が大多数というような伝え方をされているかと思います。
(確かに今は保存を望む声をよく聞くようになりましたが、総意ではありません。)

しかしながら遺族の方々でさえ同じ考えを持っているわけではなく、「見ているのがつらい」という人もいれば「家族が町の人たちのために最後まで頑張った場所を、残しておいてほしい」という人もいます。

小さな町ですから、友人や親類が防災庁舎にいたという人は少なくありません。

あるとやっぱり辛いという人、物見で来て写真を撮っていく人が不愉快だという人。
やはり後世に伝えるために必要なのではないかという人。

いろんな意見があります。


私も幼馴染みがあの日防災庁舎にいて、いまだに見つかっていません。
ボランティアとして活動して東京へ戻る際には、あのポツンと建っている防災庁舎を見て「ずっといられなくてゴメンね」と思ったものでした。

でもだんだんと、もう見たくないという気持ちになっていきました。

「あそこで写真を撮っていく人の気がしれない」という町の人の声。
南三陸町の写真や映像となると必ず使われる・・・というよりも、配慮なく取りあげられることにも疲れました。

一方で町に縁のない人が花を手向けて祈る場所が必要だというのも、実感としてあります。

行くといつもたくさんの花や供物があり、訪れる人が絶えません。

あれだけひっきりなしに人が来て、花を手向けてくれる。
お線香も絶えず、いつの間にか仏像も並んでいます。
また誰かがそれを片付けたり整理したりしているのも感じられます。

志津川の中心部だった場所にはもう、公立病院もサンポートもなくなりました。
(高野会館はまだ解体されず残っていて、こちらも保存しようという声が上がっています。)
建築許可が出ないので新しい建物が建てられないそうです。

目印となるものが高野会館だけで、さんさん商店街の場所を教えるのにも「看板が出ていると思うのでそこで曲がってください」「(歌津から行くと)八幡川という川や防災庁舎より先です」という説明が精一杯です。

確かに、残った建物すべてを解体してしまうデメリットもなくはありません。

集まった署名には町外の方からのものもあるそうですが、町外の方に保存か解体かと意見を求めれば、アクションを起こしてくださる方の大半は「後世に伝えるために保存すべき」という意見ではないでしょうか。

震災の被害を伝える場所や物は確かに必要です。
それが被災した建物でないといけないのか、その代わりとなるものには、どんなものがあるのか。

なによりこのまま残していて、自然倒壊など安全面での問題はないのか。

そうしたことも含めて、南三陸町で生きていく人たちが忌憚なく話し合いができればと思っています。

誰かを糾弾する材料にしてほしくない。

いろんな声があって、誰かの意見や大きな声が町の人たちの総意ではない。

何よりもこれからも南三陸町で生きていく人の意見で決められるべき。

せめてこの文章を読んでくださった方にはこの点をご理解いただけたら嬉しいです。

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