南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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本吉町出身の方に、お父様が保管されていた古い河北新報を見せていただきました。

チリ地震津波が1960年(昭和35年)5月24日22日、この新聞記事は5月25日のものです。
当時の報道までの所要時間が分からないので、災害時ということでどのぐらいの遅れが生じたのかも分からないのですが。※22日はチリでの地震発生(現地時間)、日本での津波は24日のようです。訂正いたしました。
ということは、翌日の報道ということになりますね。



kahoku_1.jpg

kahoku_2.jpg

この写真は志津川だそうです。
この時も被害が広範囲だったことと、海沿いに防潮林なのか木がたくさんあり、家屋が並んでその奥に田んぼ、というのが分かります。

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見たくない方もいらっしゃるかもしれないので、この後は「続き」にして折りたたみます。
ご覧になりたい方は「続きを表示」をクリックしてお進みください。


志津川と大船渡の被害が大きいと書かれています。
三陸津波(昭和8年のもの?それ以前?)以来の規模、山田線など六線が不通とあります。
災害救助法のことも報道されてますね。

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八戸の様子も。

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こちらはセンセーショナルな見出しが。
気象庁、警報遅れうんぬんも気になりますね・・・・

kahoku_8.jpg

この写真を見ていると2011年の津波はやはりケタ違いかなと思うのですが、本吉町史など他にもいくつか資料を見せていただいたところ、津波の高さが10数メートルのところが多く、チリ地震の時の津波もかなりの規模だったのだなと感じました。

今後の防災や町づくりは、この津波を経験して復興してきた、当時大人だったお年寄り達の意見も取り入れていかないといけないのではないかなと思います。

沿岸部ではこうした資料もあまり残っていないかもしれません。

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