南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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先日8月5日に発売された「ボランティアという病」(丸山千夏著・宝島社新書)に書かれた内容について、事実と異なる記述がありました。

一般社団法人 震災復興支援協会つながりについて書かれている章で、

「つながりの設立は~設立当時の活動目的は南三陸町歌津に建設を予定していた共同浴場「魚竜」の運営だった。この計画が頓挫した後、現在の勝又代表が引き継ぐ形で残ったのが、一般社団法人「震災復興支援協会つながり」である。」(P.36)

とありますが、共同浴場「魚竜(ぎょりゅう)」の設立を目指していた方の活動と、つながり及びつながり代表の勝又氏との活動は全く別のもので、双方の活動を手伝い合ったり、法人組織や事業を引き継ぐ等の事実はありませんでした。

「震災復興支援協会つながり」は南三陸町、常総市などでボランティア活動をしてきた団体で、2016年4月の熊本地震直後に熊本県御船町に入った際にネット上で批判が噴出し、週刊文春でも取り上げられました。
(※こちらについては次に公開するページで後述いたします。)

この書籍もつながりの活動について批判的な内容となっており、南三陸町の方々のつながりに対する感情や、「あの人はつながりと親しいのか」との誤解から、南三陸町内の人間関係が「ぎくしゃく」していく様子も書かれています。

一方「魚竜の湯」は南三陸歌津の避難所に設置された浴場からスタートしており、町内外の方々からたくさんの応援をいただいていました。
(※「魚竜」は旧歌津町でウタツギョリュウという魚竜化石が見つかっていることから、南三陸町歌津地区では非常に親しみのある名称です。)

魚竜の湯の設立を目指していたA氏や、協力者であった方々はこの件を知ってとても驚き、私以上に悩まれていました。
この本を読まれた方々は共同浴場「魚竜」の活動とつながりを同一視し、魚竜の湯の活動にネガティブな印象を持ってしまうでしょう。
なにより、魚竜の湯の応援・協力をしてきた町内外の方々が不利益を蒙ってしまうことを懸念したからです。

この記述が事実と異なることを出版社の方へお話ししまして、宝島社公式ページ著者の方のtwitterアカウントにて、他の記述とともに訂正アナウンスをしていただき、重版になった場合には修正のご対応をいただくことになりました。


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宝島社公式サイト: 「宝島社新書『ボランティアという病』に関する訂正とお詫び」→★

訂正後 「同新書の36ページ10行目の「つながりの設立は」から13、14行目「一般社団法人「震災復興支援協会つながり」である。」までの文を以下のように変更します

勝又代表を中心として、海岸清掃などの活動をしていた任意団体「TSUNAGARI」が2012年10月に一般社団法人として法人化したのが「つながり」の発祥だ。その後、2014年には「一般社団法人震災復興支援協会つながり」という現在の名称になり、2015年11月には勝又代表を除く全理事が交代して、現在に至っている。」

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訂正のお知らせ_s


お忙しいところご対応いただきました宝島社の皆様、著者の丸山様にはお礼申し上げます。

そして出版社へ訂正のお願いをするにあたって、「魚竜の湯」の設立を目指していたA氏本人だけでなく、複数の方々から証言等のご協力をいただきました。
他にもたくさんの方々から法的見解や出版事情などを含めたさまざまなご助言をいただき、心から感謝しております。

また、すでに出版済みの書籍でありますため、拙ブログにて事実関係について説明することもご了承いただきました。
(この原稿は当事者であるA氏にもご確認いただき、宝島社のK編集長様にもお見せしています。)


著者の方によりますと、ある方の証言とつながりの法人登記簿に理事としてA氏の名前があることから上記の記述をなさったようですが★「#ボランティアという病 」(宝島新書) 事実関係に関するご指摘に関しまして #TSUNAGARI、A氏の活動とつながりの法人の設立過程(法人登記簿より確認)を時系列にしますと以下のようになります。

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・2011年4月
歌津中学校避難所に東京の企業が立ち上げたボランティアチームV (A氏が参加)による浴場「魚竜の湯」ができる
避難所以外の町内の方々、ボランティアの方々も利用し、コミュニティの場としても機能していく

・2011年8月
避難所閉鎖に伴い魚竜の湯も解体
A氏が南三陸町に住民票を写し、共同浴場「魚竜の湯」の設立準備に入る

・2012年6月
A氏がコミュニティスペースとカラオケボックスをオープン
2012年秋までに上記に隣接する形で浴場施設も建設予定だった

・2012年7月~
浴場のオープンまでの収益源と考えていたカラオケボックスの営業、浴場の建設ともに難しいことが判明
他に魚竜の湯をオープンする手立てを模索するが、計画をあきらめる。
「魚竜の湯」事業の引き取り手が見つからなかったため、すでに建設した建物を地主の方にお譲りし、運用を町の方にお任せした

・2012年9月~10月
A氏が9/20より南三陸町と地元を行き来し、南三陸町から撤退するための手続き等を始める。
10月から地元で建築にかかった費用の返済のために働き始める

・2012年10月23日
一般社団法人「震災復興支援協会つながり魚竜」設立
勝又氏が代表兼理事、理事にA氏や、南三陸町の住民の名前がある。

・2012年11月2.3日
魚竜の湯支援者の方が南三陸を訪れる
A氏も都合を合わせて南三陸へ戻り、挨拶をしている
(魚竜の湯建設計画が頓挫したことは事前にお伝え済み)

・2013年夏
A氏が南三陸町を訪問。草刈作業などを手伝っている。

・2014年12月26日
一般社団法人「震災復興支援協会つながり魚竜」から一般社団法人「震災復興支援協会つながり」に名称変更
代表・理事に勝又氏が重任、A氏の他、南三陸町の住民を含めた設立当初の理事が退任
(2015年11月9日登記)

※法人登記簿(履歴事項全部証明書)は管轄局以外ですとコンピューター化以前の履歴が含まれたものが取得できませんが、参照したつながりの法人登記簿(履歴事項全部証明書)はコンピューター化以前の変更履歴がないことを確認済みです。

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私が把握している法人設立以前のつながりの災害支援活動は、南三陸町歌津泊浜の避難所を中心した物資支援と、その後の海岸の清掃などで、代表の勝又氏のブログを見ると2011年3月には街頭募金等の活動をスタートしています。
南三陸町でのつながりの主たる活動は、清掃などを含めた長須賀海水浴場の再開に関するものかと思います。

上記の経過と、「一般社団法人 つながり」の法人登記簿(履歴事項全部証明書)から分かることは

・法人の「代表」は当初より勝又氏で、A氏ではない。
・「主たる場所」は魚竜の湯建設予定場所でもA氏の南三陸町内の住まいでもなく、魚竜の湯に関係のない場所である。
(この点は南三陸歌津の方やA氏を知るボランティアの方々であればすぐに気づくことです。)
・「目的」に魚竜の湯に関する具体的な内容が明記されていない
(「コミュニティを創造」など、近いものはある)
・A氏は魚竜の湯の設立、勝又氏は海岸清掃などの活動を別々に行っていた(活動していた地区も異なります。)
・法人の設立は2012年の10月23日だが、A氏は同年9月20日から地元での仕事再開の準備を始め、南三陸町から撤退。10月から地元で働いている。
理事の中でA氏だけが町内にいない状態だった。
・A氏が設立時に理事として名を連ねていることは確かだが、2014年12月26日に退任(南三陸町内の他の理事の方も同時に退任)。


という点です。

書籍に書かれた通りであれば

A氏が一般社団法人「震災復興支援協会つながり魚竜」設立
(法人登記簿の「主たる場所」と「目的」は魚竜の湯に関するもの。「代表」も勝又氏ではなくA氏)

魚竜の湯の計画が頓挫

勝又氏に代表が代わり一般社団法人「震災復興支援協会つながり」と名称変更
(「主たる場所」や「目的」も変更)
法人の活動内容も変わる


という経緯になるはずです。

少なくともつながりの法人登記簿からは法人や事業の譲渡の痕跡はうかがえず、当時の勝又氏のブログ等を見ても、共同浴場の設立を目指していた様子はありません。

また、A氏本人の証言によりますと、

・つながりの代表や他の理事の方と親交はあり、つながりの理事に名前は連ねているが、魚竜の湯設立のための活動や撤退作業をつながり(代表の勝又氏、理事の方などを含めて)が手伝った事実はない。
A氏もつながりの活動を手伝ったことはない。
・法人や魚竜の湯に関わる事業をつながりおよび勝又氏はもちろん、他の方へ引き継いでもいない。
・魚竜の湯事業のためのNPO設立申請に際し、数名の方に理事等の役員になっていただいたが、つながりの代表や理事の方々とは全く別の人物。このNPOは解散した。


とのことでした。

以上から、本に記載された

・「つながりの設立は~設立当時の活動目的は南三陸町歌津に建設を予定していた共同浴場「魚竜」の運営だった。」
・「現在の勝又代表が引き継ぐ形で残った」

の2点について、A氏や関係者の証言やそれを裏付ける当時の第三者の記録、登記簿等の情報を出版社に提示し、訂正が必要と認めていただきました。


A氏が魚竜の湯の設立を目指したのは、避難所にあった旧・魚竜の湯のようなコミュニティの場をまた作りたい、仮設のお風呂は狭く追い炊きができないため、足を伸ばしてくつろぐことができる入浴施設を作りたい、との気持ちからでした。

南三陸町歌津の方々はA氏が懸命に旧・魚竜の湯の運営にあたっていた時期をよく知っており、A氏の活動を見守ってきたのは、「あの時にお世話になったから」という思いがあったからです。
そしてA氏に対してだけでなく、南三陸歌津を中心に活動し長期滞在されていたボランティアの方々に対しても同様でした。

『ボランティアという病』やこのブログを読まれる方々の多くは南三陸町歌津のこうした人間関係や、魚竜の湯の活動についてはご存知なく、本筋に関係ない、ささいなことと思われるかもしれません。
実際に、「なぜ訂正を求めるのか」という声はたくさんいただきました。

しかし熊本地震以降つながりが注目を浴びてさまざまな情報が飛び交っており、2011年3月に地方新聞に掲載されたつながりの記事も検索され、交友関係や噂レベルの話までも多数出回っている状況です。
つながりの前身であるという団体の活動や関係者について調べたり、ネガティブな感情を持つ人がいないとは思えません。

そうなると、前身であると書かれた魚竜の湯に関係する方々、協力してきた町内外の方々にもさまざまな影響が及びます。

この書籍の出版の目的を、編集長のK様から「ボランティアの本来あるべき形を逸脱した人々への警鐘のため」とうかがいました。
「ボランティアの本来あるべき形の逸脱」による弊害とは、被災地域の方々が気分を害されること、不利益を蒙ることだと思います。


小さな町で暮らす方々は信用と、人間関係が何より大切です。
事実と異なる記述によって地元の方々の人間関係や商売に影響しては困りますし、お世話になった真摯なボランティアの方の名誉が不当に傷つけられること、協力してくださった方々を落胆させることも避けなければなりません。

上記の理由から記述の訂正を求めましたが、この書籍が手に取られることを邪魔する意図は全くなく、出版の目的通りに"本来あるべき姿を逸脱したボランティア活動に警鐘を鳴らす"ものになればと思っております。
(訂正までの経緯については次に公開するページにてご説明いたします。)

これからも災害ボランティアについて、特に南三陸町で活動したボランティア団体に関して書かれた書籍は、南三陸町の方々にも安心して手に取っていただけるものであることを願っています。


※当事者や南三陸町の方々、宝島社様にご迷惑がかかることがないよう、この記事に関してコメントをいただきましても、お返事をさしあげることは控えたいと思います。ご了承ください。
もし何かございましたら非公開コメントとしていただくかこちらのフォームをご利用いただきますよう、ご配慮をお願いいたします。
さらに流言を広めたり、当事者・関係者へ証言を強いて不快にさせること、個人情報を当人に無断で公開することもお控えください。


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