南三陸町と周辺地域への祈り

宮城県南三陸町(旧志津川町と歌津町)歌津の出身です。世界中の皆さんからのご支援に感謝です。本吉町・気仙沼市ゆかりの方、宮城県内・他県の皆さんも一緒に頑張りましょう!

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奮起 84歳芸者「また踊る」 街の再生、見届け決意 釜石


素敵なおばあちゃんです。
キャリアが72年。

いっぱい稼いで、釜石に行って、この芸者さんをお座敷に呼びたいです。

私の着物を送ってあげたいのですが、芸者さんが着る様なものは持っていません。
どなたかこれはと思う着物や三味線がありましたら、送ってあげてください。
腰紐とかなら私も送れるので、良かったら声をかけてください。


※ニュース記事は一定期間を過ぎると消えてしまいますので、控えを下のほうにある「続きを読む」に保存しておきます。
ケータイで上記リンク先を見ることができない方も、「続き」のほうならご覧いただけます。
(いつまで取っておくかは未定です。)


奮起 84歳芸者「また踊る」 街の再生、見届け決意 釜石

河北新報 3月26日(土)14時17分配信

 「今欲しい物は三味線と着物。もう一度お座敷に上がりたい」。釜石最後の芸者と言われ、津波で自宅を失った藤間千雅乃(ちかの)=本名伊藤艶子=さん(84)が、釜石市内の避難所で一日も早い復興を望んでいる。
 藤間さんは6歳ごろから日本舞踊を習い、14歳から市内の料亭で芸者として働いてきた。
 震災時は、市役所そばの自宅から高台にある廃校になった中学校体育館までを、近所の男性におぶってもらい避難した。商売道具の三味線と着物は持ち出せなかった。「悔しいけど、持ち出そうとしていたら、今こうしていないかもしれない」と振り返る。
 年下の人たちの災難に胸を痛めている。同居するおいの伊藤哲さん(63)は無事だったものの、自宅は全壊。古くからの知り合いも大勢命を失った。「なじみの若いお客さんも亡くなった。こんなに悲しいことはない」と嘆く。
 生まれ育った街は見る影もない。「復興まで何年かかるか分からないが、また釜石で踊りたい。津波に負けていられない」。東京の娘の自宅に一時身を寄せるが、申し込み中の仮設住宅が完成したら、釜石に戻って街の再生を見届けるつもりだ。(一条優太) .


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